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2012/04/10

「○○ちゃんママ」のなぞについての見解

ここのところなんだかまあ取り立てて書くこともないような日々を送っておりました。たぶんいろいろあるんだろうけど、ぼんやり暮らしているので気づかないという、困ったことです。

なので、今日はなぜ小さい子を持つ母親同士がお互いを「○○ちゃんママ」と呼び合うのかについて、母になって4年半がたった今現在でわかったところをまとめてみようと思います! バリーン!(目の前にあった皿を叩き割って気合を入れた!)

「『○○ちゃんママ』呼び」といえば、女性が母になることでアイデンティティを失い、子を自らのアイデンティティとして生きること、の象徴みたいに言われたのはもう昔のことだろうか。でも今でもきっとそういうイメージありますよね。

そういうネガティブな理屈がなくても、そもそも呼び名としてどこか不自然で滑稽なものであると思う。

それなのに、なんで「○○ちゃんママ」と呼び合うようになってしまうのか。

母親同士のコミュニティによっていろいろあるとは思うが今のところの私の結論は、まだ親離れをしていない子どもから始まるコミュニケーションに親が間接的に付き合う必要があるから、だと思っている。

子どもがまだ小さいうちは、子ども同士のコミュニケーションに親がかかわらざるを得ない。ただしコミュニケーション自体は子から発生しているので親同士はすぐにはお互いの名前がわからない。

名前がわからないけれど、子ども同士はいきなりディープなコミュニケーションを繰り広げるため(傷害、窃盗、疫病の交換などなど)、親同士は名前がわからない相手となかなかに際どく相対す必要が出てくる。

名前がわからない人と、自己紹介をしあうヒマもなくお互いをきちんと認識しながら会話する必要に迫られるという特異な状況にさらされるのである。

ここで「○○ちゃんママ」が登場するというわけだ。これなら子どもの名前さえわかっていればなんとか呼び合える(さらに「このコミュニケーションは子あってのものですよ」というアピールも場合によってはあるかもしれない。かなりレアケースかもしれないけど)。

私は子ども2人を保育園に入れているのだが、保育園に子を通わせるお母さん同士というのはなかなかじっくり自己紹介などするのが難しい。子どもの名前はすぐわかるけれど、苗字がパッと出てこない上にお母さんの下の名前を教えあうとなると下手すると1年くらいかかったりしてしまう。
ここでも結局伝家の宝刀「○○ちゃんママ」が便宜的に使われることになる。

便利なのは、この呼び名が子どもに非常に伝わりやすいということなのだ。

「○○ちゃんのママも一緒に来るよ」
「それは、○○ちゃんのママが、○○ちゃんに言ってくれるって」

幼児の頭にもするする入る! 申し訳ないが、使うっきゃない呼び名なのだった。

上のようにこの呼び名が便利なのは「子どもから始まるコミュニケーションに間接的に付き合う必要がある」場合である。

それ以外の場合に進んで親同士が「○○ちゃんママ」と呼び合うことはおおむね、ない。

たとえば、子どもを生んだばかりの新生児の母親同士の交流会というものが地域ではよく行われるが、そういう場では母親同士は苗字で呼び合うことが多い。

こういう集まりはそもそも子ども同士のコミュニケーションではなく(子どもは小さすぎてまだ互いにコミュニケーションが取れない)、親同士でコミュニケーションをとるためにセッティングされているので、子どもよりも先に親同士が自己紹介をしあう。たいてい最初は苗字で呼び合うことが多いように思う。

(あと、私の周りでは子どもを生んですぐはまだみんな「○○ちゃんママ」という呼び名にアレルギーのある人が多かった。私もそうだった。できるだけそう呼び合わないようにという暗黙の了解が母同士に確実にあった)


おもしろいなと思ったのはここから先で、結果的に親同士が仲良くなって、親同士が友人になったときの呼び名なのだ。

つまり「○○ちゃんママ」の先にある呼び名である。

家族ぐるみの付き合いなので苗字だと子どもや夫と混ざってしまう。

結果、名前にちゃんづけで呼び合うことが多いんだ。そうなんだよ。現実、私は「ちかちゃん」と呼ばれている。

中学高校では「こがっち」、学生時代は「ちかこ」と呼ばれていた私、ちゃん付けで呼ばれるのは実に20年ぶりである。

さらになぜかただの「○○ちゃん」からあだ名に発展するケースも多いのだ。

私は今や、あやぱん、あきぽん、ゆみちん、まっちー、けいと、ちさってぃー、ゆかりーぬ、さえ丸たちと仲良く子育てしている。

小3か。

(全員オーバーサーティーです)

※そういえば、犬の飼い主同士も「犬の名前+ママ」などと呼び合うと聞いたが、これもやはり「犬から始まるコミュニケーションに間接的に付き合う必要がある」からではないか。

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