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2012年1月

2012/01/31

実験、一杯の納豆ご飯

先日、実験をした。
この結果が私としてはちょっとしたアハ体験だったのでご紹介したい。

と、その前に。家事の中でもかなりのウェイトを占める炊事だが、各ご家庭での担当具合というのはどんなものなんだろう。

うちの炊事に関しては、監督兼1軍選手が私で3軍選手が夫、戦力外が2人の子どもたちといったところか。

主に私が炊事をして、たまに「ちょっと○○作ってくれませんかね」とお願いすればやさしい夫がやってくれるという感じです。

監督は私なので、炊事を休むのも私次第で休み放題だ。出来合いものを買ってきてもいいし、外食をしてもいい。

ただし、「今日は出来合い!」、「今日は○○へ食べに行く!」という決断は自身で下さなければならない。この決断は管理下である食費を守るため勇気と体力を要する決断となる。

そうなのだ。我が家は全員食いしん坊にもかかわらず、「○○へ食べに行きたい~」「○○が食べたい~~」という希望が上がってこない、基本監督絶対の指示待ちチームなのだった。

この状況に対し監督として不満ではないが、多少の刺激があってもいい、もう少し選手の声を聞きたい。って、ただ普通にもっとはっきり食べたいもの言ってくれたりしたら楽なのになあと思っていたわけです。

さて実験である。

ある休日の昼。食事を納豆ご飯1杯にしてみた。

食卓に家族人数分のお茶碗に盛られた納豆ご飯。以上。

私一人の食卓だったら珍しくはない光景だが、休日の、しかも今まさに成長せんとする小さな子どももいる家族4人の食卓である。これにはさすがに指揮系統が崩壊するのではないか。

予想した反応はこうだ。

(1)4歳の息子:「ほかにもなにか食べたいと要求する」
(2)1歳の娘:「同様に泣く」もしくは「ハンスト」
(3)夫:「ほかにもなにか食べたいと要求する」もしくは「自身でなにか調理する」

監督という存在を欲求や自主性が超えていく、そんなイノベーションよ起これ。期待をこめての一杯の納豆ご飯である!

結果、こうなった。

(1)4歳の息子:「これだけ?」と聞くので「うん、これだけ」と言ったら「そうなんだー」と食べた
(2)1歳の娘:ただ食べた

しまった。そういえば小さな子どもというのは状況に疑問を呈するということをまだ知らないのだった。目前の状況はすべて受け入れるのが子どもなのだ。

しかし夫だ。大人の夫が残っている。


(3)夫:「もう一杯食べてもいい?」

そうきたか!

考えてみれば当たり前の返しだが、私の頭では想像できなかった答えだった。ちょっとしたアハ体験である。だって、ほかに何か食べなくちゃ栄養とかいろいろあるじゃんか。

気持ちとしてはそうだな、監督の指示通り動いた選手によるオウンゴールが決まった、という感じだろうか。

このチームにはやはり監督がいるようだ。
地球には私が必要。それを確認させてくれてありがとう。

そうして監督は3軍選手に急遽カボチャをふかすよう指示、さらにミカンを出してビタミンを補給した。

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2012/01/17

きのうの夜

息子が夜中おきだして、寝ぼけたように「おかあさん、おかあさん」と布団の上を探し回っている。

探す様子はほとんど「めがね、めがね」と同じで、布団の上に転がっている小さなおかあさんを探しているような格好になっていた。

「おーい、ここにいるぞー」と声をかけたら、「おお」といって隣まではってきて寝た。

その騒ぎで入れ替わりで下の娘が起きた。

めそめそ泣いているので今度は私がさきほどの息子のようにはって娘の隣にいき、背中をとんとんたたいてやる。

娘はいつも、私の髪を手で引っ張ったり口にもっていってなめたり、かなり無理な体勢になりながら足の裏で(私の)髪の毛をなでながら寝つく。

この日もずいぶん髪をひっぱられた。何本かむしられてうろたえた(私は産後の脱毛で抜けた髪が戻らず毛がだいぶ薄い)。

娘が寝たので自分の持ち場に戻って少し本でも読もうかと夫が図書館で借りてきた東海林さだおと赤瀬川源平の「軽老モーロー会議中」を開いた。

東海林さだおが海外から高濃度のミノキシジルを含む育毛剤を取り寄せて使っていると書いてある。私も欲しいと思いながら寝た。

ぼんやりしていたら2011年が終わって2012年になっていました!
今年もぼちぼちこちらに書いていきます。

Twitterにもたまにツイートしています(@eatmorecakes)。
(Twitterがこんなに太いサービスになるとは思わずへんなアカウントで後悔しきり)

デイリーポータルZは隔週で月曜日に書いています。

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