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2011年11月

2011/11/04

服のタグを旗という

怖がりとして家族内では大変に有名な息子だ。ハロウィンパーティーを途中退場したのは、うん、まあそうだよね。くらいのものだった。

※子の親になると人は平気でハロウィンパーティーに行くのだ。どうだ、すごいだろう、ということは置いといて。

パーティーは息子の保育園のクラスメイトのご両親が経営するレストランの主催で、クラスの面々が仮装して集まるというもの。

そもそも、ハロウィンパーティーに行けた時点でたいしたものだと思う。
※まだハロウィン慣れしていない9月のころはハロウィンのディスプレイがしてある店には入れなかった。
※カボチャが「イーッヒッヒ」という顔をしているのが怖いんだよう、と言っていた。

パーティーの中盤でゾンビのマスクをかぶった子が会場を走り出しそこでギブアップとなったわけだけど、最初は友達とじゃれたり、あれこれ飲み食いして楽しんでいたのだから上出来だろう。

聞いて欲しいのはここからなんだ。

息子が怖がってパーティーを途中退場したとき、クラスの友達はなんで帰るのかが理解できず、「どうしたの?」「なんで?」と気にしてくれた子もいた。

そういう子たちに対して、息子は翌日保育園で会ったときにどう言うんだろう。「怖かったから」なんて、恥ずかしくて言えないんじゃないか。

人間、生きていて困るのはだいたいそこだ。

「怖がりである」その事実は大して困るようなことじゃない。

問題は、そういう個人の感情をいかに説明して人と分かち合うかだということは多い。

表明せずに心にしまうという方法ももちろんあるとは思うが、この場合、私としては子には「共感」を推奨したい。

じゃまになるのはプライドとか、意地とか、恥ずかしいこころもちだろう。そこを息子は乗り越えられるのか。

翌日、保育園の帰りにどうしてもそこを確かめたくなってしまった。どう聞いたらいいか迷ったが、自転車をこぎながら後部座席の息子にそれとなくさらっと、けれどズバッと聞いてみた。

「お友達にさー、昨日なんで早く帰ったのか聞かれなかった?」
「聞かれたよー」
「なんて答えたの?」

「ゾンビのお面が怖かったからって答えた」

あ、そうなんだ!

素直なんだ。そうか、子どもってそうなのか。

いやしかし、これから大きくなると、そうそう素直ではいられなくなるかもしれない。

そういうときにこの話をしたら、無害な素直さが生きやすさにつながるといことをうまく伝えられるかなー。

その息子、服のタグのことを「旗」と呼ぶ。

なるほど、旗だなーと思う。

一方そのころ娘は、声をかけると「うん」というようになった。

「お風呂はいろっか」
「うん」

「まだなんか食べたいの?」
「うん」

いままで「あいっ!」と返事をすることはあったが、「うん」はまたおもむきが違って、コミュニケーションをしっかりとれてる手ごたえを感じます。

あと、私の髪の毛を食いちぎりながら寝付くという奇習は卒業し、いまは私の髪の毛を足の裏でなでながら寝るようになりました。

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