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2010年1月

2010/01/26

しゅうかん えど

高校生のころ、通学路に選挙事務所があった。小さな政党の党員のもので、現在議席はないようだった。

そのうち、たしか衆議院選が行われようとするとき、事務所の前にバイト募集の張り出しが出た。当時とんかつ屋で700円でバイトしていた私は時給800円の選挙のバイトに乗り換えた。どんな面接があったか忘れたが、するっと使ってもらえることになった。

最初はその小さな事務所でダイレクトメールにn宛名シールを貼ったり、ダイレクトメールの印刷ミスを白いシールでかくしたり、ダイレクトメールの束の数を数えたり、主にダイレクトメールを準備する仕事をしていた。

あとは、事務所に遊びにくる近所のおっちゃんやおばちゃんとお菓子を食べてお茶を飲んでいろいろ話した。おっちゃんは野球が好きで、若いうちはとにかくスポーツをしなくちゃだめだと言っていた。

私は演劇部でスポーツは一切していなく、でも当時演劇界で一番の流行だった鴻上尚史の第三舞台は稽古で毎日10キロ走ると聞いたことがあったので、演劇もスポーツやってるみたいなもんです、といってその場をしのいだ。そうだ、確かにそういった。覚えてるなあ。

実際、役者さんというのはものすごく体力をつけるらしいが、私は高校の演劇部で体力をつけるようなことはなかった。そもそも活動としては自分たちではあまり芝居はせず、主に不条理劇の戯曲を読んで、大道具として原寸サイズの電柱を作った。作ったはいいが、まともにそれを使う芝居はしなかった。あとは、太田省吾と野田秀樹の舞台のビデオをやたら観た。

部員は私の他にはX JAPANのファンの先輩と同期が一人づつ、アニメおたくの先輩と同期が一人づつ、もっさりしたでかい男子の同期二人といかにもおとなしい感じの女の子の同期一人であった。ものすごいおたくおたくしたメンバーだった。ロバートのおたくのコントは、あの部員たちを思い出すと決してオーバーじゃないと思う。私もおたくの素養は十分持っているはずなのに、正直だいぶ負けていた。

そうだった。選挙だ。

選挙戦がはじまると、事務所の近所の駐車場にプレハブを立ててバイトも増えた。

選挙戦もおしまいに近づいたころ、突如候補者のおじさん(事務所でもその人のことを「先生」とよぶ人はいなかった)が、「このままじゃいかん!」といきなり怒ったことがあった。

その場にいたバイト6名が小さなバンに詰め込まれて山奥に連れていかれ、誰もいない道を(本気の山なので本当に誰もいない)、選挙カーで走って、連れてこられた私たちバイトは川の流れる谷底に向かって「おねがいしまーす」と手を振り続けた。本当に誰もいなかった。

結果おじさんは落選してバイトも終わった。

今日書こうとしたのは、そのプレハブの選挙事務所で炊き出しに来ていたおばちゃんとの会話なのだ。

おばちゃんに「ねーね、こがちゃん。今日の晩の炊き出し、なにがいい?」と聞かれて私はとっさに

「グラタン!」

といったのだった。そうだよ、今日はそれが書きたかったのだ。

おばちゃんは「なにいってんの! たくさん作れるものじゃないとだめなんだって、炊き出しなんだから。豚汁とか、カレーとかさ」と笑った。

炊き出しに何のメニューがいいか聞かれて「グラタン」と答える。高校生の答えじゃない。すごく無知がばれた感じのエピソードなんだけど、なんだか自分として全然恥ずかしくないという稀有な思いでで、たまに思い出す。

それが書きたかったのに、なんだ、えらい長くなったな。演劇部のくだりがまるまるいらないですな。

ちなみに私はその頃、制服のシャツの上に古着屋で1000円で買ったシルベスター・キャットのかいてある青いトレーナーをよく着ていたな。そうだそうだ。

子どもとの近頃

なにか音がすると「……あれ? なにのおと?」と聞いたり、物音にとても敏感だ。
家がきしんで鳴った。それにも反応して、

「“と”って、いったね」

家のきしむ音というと“ピシッ”とかそんな感じだと思っていたが、そうか“と”って聞こえたか。

確かに、“ピシッ”は実際の音というよりも心の感じが含まれていて、音そのものとしては“と”くらいのものかもしれない。

テレビのいうことをよく復唱している。アニメのキャラのセリフだったり、動物の鳴き声とか。先日、私が食事の支度をしている間、子どもはテレビのついた部屋でぶらぶらうろうろしていた。

「しゅうかん えど」

といっているのが聞こえた。

「週刊 江戸」というディアゴスティーニの雑誌のコマーシャルが流れていた。

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2010/01/17

ボロ市の混み方

家族でバスに乗った。乗り込んで最初、真ん中あたりの一人がけの席がひとつ空いていたので夫が子どもを抱っこして座った。

その後しばらくして、最前列のあの例のタイヤの上の部分の高いところの席が空いたので、とくべつ座りたいという気分ではなかったが、あそこが空いたならぜひ座ろうということで「じゃあ私も座るから」と私だけ移動した。

移動した瞬間、子どもの自分もあっちの席がいいという声が後ろから聞こえ、結局家族全員が前方に集まったのだった。

そのうち反対サイドの高い席も空いて夫も座り、子どもはどっちの高い席に座っていいかわからず軽く混乱状態になりながら、前方がよく見える私の方の席を選んで、平和に家族でタイヤの高いところの席を独占した。夕方6時すぎ、バスはもう暗くなった東京を走る。

世田谷とは隣の区に住んでいるのだからいつかはと思っていたボロ市にいよいよ行った。誰に聞いてもとにかく混むぞということだったので朝の9時前には現場につく勢いで行こうと密かに考えていたのだが、当日のあまりの寒さに主に着替え作業に遅れが出て結局着いたのは11時だった。

思ったよりは混んでなかったのだ。あら、これぐらいなら大丈夫じゃんとと店々をひやかして、至る所で売られている遠赤外線の靴下の値段を比べながら歩いていたら、時間が進むにしたがって、どんどん人が増えてくる。

その人の増え方があまりにも「じりじり」という感じでおかしい。

じわり、じわり、と、しかし確実に進む道が人の多さで狭くなってくる。「知らない間に気づいたら人であふれていた!」というのではなく、わりとじっくりと人の増え方が目に見えるのだ。

「あ?」「ああ?」「あああ?」「うわー!」という感じ。

その後、現場近くの友人宅に遊びに行こうという話になっていたので、会場の半分ちょいくらいを冷やかして、代官餅の行列を長さを「ほほう」と眺めて帰りました。

移動したあとの友人宅の広さと居心地の良さがまた反比例のようにすばらしくて、ずいぶんダラダラしたよ。

子どもとの近頃

すこしづつ絵心がついてきて、○を書いた中に点で目らしきものを書いて「かお」だとか、○に棒をくっつけて「ふうせん」だとかいってる。

けれど、わかりやすいのは上記2つくらいで、あとはびーっぐちゃぐちゃーっと何か書いたかと思ったら誇らしげに「さかみち」といってみたり、大きくていびつな□に近い○を書いてその周りに何本か棒線をはやして、その棒線と棒線の間に小さく○を書いて、「これ、なに?」とおそるおそる聞いても「……」と返事はないものの圧倒的にそれは「細胞」だったりして(小さい○が核)、絵については非常に親ばか心を刺激することになっています。

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2010/01/09

しその葉・やったぜソフトバンク

おめでとうございますというにはもう明けてずいぶん経ってしまいましたが、今年もよろしくお願いします!

さて今年さいしょのこのページでは、「しその葉」と「やったぜソフトバンク」の2本立てでお送りしようと思います。

「しその葉」

しその葉は果たして買うものなのだろうかと今でも思う。実家住まいの頃は、たとえ引越しをしてもしその葉は表に生えていて、必要の場合はそれをつんできた。

実家を出てからもう10年以上経つ。その10年の間、わたしは表にしその葉の生えている家に住んだことがない。しその葉は買わねばならない存在となったわけだが、それでもまだ、しその葉が入用でも買おうかという気分にはなかなかならない。

そしてしその葉を極力使わないという人生が始まった。

どうにもこうにもいるということならば買うが、「買う」ときも、どうも「買う!」という気分ではなく、店からつんでくるというイメージだ。ちょうどしその葉は個包装などされずにちょっとつんできたっぽく売ってる場合が多い。

では、うちの表にしその葉を生やしたらいいのではないかと考えて種を植えた。土も日当たりも悪いようで生えなかった。

今年こそはしその葉をどうにか近場に生やそうかと思います。ご近所でもう、ぼうぼうに生えているところがあるのでそのお宅と契約しようか。

「やったぜソフトバンク」

長く続いたソフトバンクとauの冷戦もようやくかたがつきそうです。勝者はソフトバンク。私だ。

我が家では夫がau、私がソフトバンクという体制でずっといる。家族割引というものがあるし、同じキャリアの方が何かと安くて便利だというのはわかっているのだが、どうにもお互い「相手に合わせる」」というのが悔しくて一歩も引かず、キャリアを変えずに機種変更までして牽制しあってきた。

それが突如、夫がしれっとソフトバンクに移行しようとしているではないか。

そうだ、あれだ、iPhonだ。

発売されてずいぶん経って、これは流行るっつうか一部の好きな人向けのもんだなと思っていたiPhonのユーザが昨年末から爆発的に増え始めた。

それほど電気っぽくない人までもが使い始め、もはやiPhon包囲網といえる状況になってる。

それこそ「電気っぽくない人」である夫もまさかなびき、いよいよナンバーポータビリティーっていうのか、あれを申し込んでいるじゃないか。

やった! これでようやく我が家もソフトバンク政権に! と喜ぶ反面、さくっとiPhonにできる夫がうらやましくて、結局悔しい。私は今の機種の月賦がまだ1年以上残っているのだった。

でもまあ、夫が買うんだからそれを使えばいいかと一瞬思って、いや、携帯電話ってそういうことじゃないとまた一瞬で気がついた。

あと、タイトルの「やったぜソフトバンク」はあまり縁のないプロ野球の話を書いたみたいな気分になってちょっと照れます。

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