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2009年10月

2009/10/26

3度目で手術

夫と子どももインフルエンザが完治して今日から久しぶりに出社、登園していきました。

私は延期になったと書いていた手術、あの後またもう一度延期になり、3度目の正直で結局今日受けてきました。

なんとなく、お祭りが終わったなという感じがしています。さあ、日常をやろう。

手術は入院もなく日帰りできて、手術自体も10分で終わる簡単なものなのでした。

そんな簡単なものなのに(いや、実際は短時間でお医者さんは簡単ではない大変な作業をしてくれているだと思うけど)手術という言葉はやっぱりこう、重厚感がある。

今日は「手術!」という言葉は重く、けれど自分の行動は軽く、どこか はてな という気持ちだった。

何も食べずに朝家を出、術前処置をしてから病室でごろごろ4時間。
全身麻酔で手術。
術後すぐに麻酔からめざめて15時。
おなかぺこぺこで看護師さんの「おにぎりが出ますよ」の言葉で今年いちばんのおにぎり待ち。
出てきたおにぎりの小ささに唖然とするも、しみじみおいしくいただく。
そのまま清算して退院。
雨が降ってたけど、手術と入院費がえらい高かったのでタクシーはやめて電車で帰る。
帰ってきて、息子を保育園に迎えに行って、ご飯を食べて、今日はお風呂は禁止なので子どもともども入らずに、いま(子どもは寝た)。

なんか、普通だ。もっとなんかなかったのか。

実際、手術が2回延期になったことも劇的に緊張感を抜いた。当初は病院へは実家の母が迎えに来てくれる手はずで、術後は2日間安静の休みをとっていた。

でも、実際そこまでするほどの手術でもなかったそうで、手術っていってもいろいろあるんだのう、とひげをなぜております。

そして、悲しい手術でしたが、元気出してがんばろうとただ単純にそう思っとります(「元気出してがんばろう」って言葉の平たすぎてかみしめようのなさに逆にはっとする)。

と、終わったに見せかけてまた手術のはなし。

全身麻酔を受けたのははじめてだったのだが、どうも麻酔が効きにくい体質のようで術中なんどか目覚めたらしい。確かに、術中は漠然となにか痛くて「イタタタタ!」って叫ぶ夢を見ていた気がする。あれ、本当に痛かったのか。手術を待つ間、手術室の隣の部屋に分娩を控えた妊婦さんがいて いきみ逃しをしていて、それこそ「イタタタタ!」って言ってたのが印象に残ってたからかもしれない。

看護師さんに、術中目覚めたときの私の様子を聞くと「寝てて大丈夫ですよって声をかけると『ハイ』っていって寝てましたよ」とのこと。なんだかやけに聞き分けがいいな。

術後も終わったとたんに目覚めて、ぼんやりしている中で看護師さんに「え、もう目覚めたの。お酒、強いですか?」と言われ(そういう人は麻酔が効きにくい傾向にあるらしい)「いや、弱いです。でも大好きです」と答えたのは覚えている。聞き分けがいい上に素直だ。

怖い手術室だった。怖かったからいい子に素直にしていたのかもしれない。

受けたのは婦人科の手術だったので開脚する手術台に乗ったのだが、これがもう私のイメージには廃院しかないような古さだったのだ(お産に関しては大変に人気があるらしい病院なんだけど)。怖くて、泣きそうになった。何か物質が怖くて泣きそうって、大人になってからはもしかして初めてじゃないか。

手術の話は以上です。それにしてもおにぎりがおいしかった。

こどもとの近頃

インフルエンザにかかった子ども、熱が下がった後も感染させるおそれがあるため外出ができない日が続いたので、いろいろとDVDを借りてきては見せてやっていました。

今のところ、家にあるDVDで息子が一番好きなのはロシアの人形劇の「チェブラーシカ」なのだが、なんだか「『チェブラーシカ』が一番すき」って、そんなセンス良さげなのはどうよ、身分不相応なのではないかと(なんの身分だろう)と妙な居心地の悪さのようなものを感じていたのだった。

今回「セサミストリート」の長編映画(そういうのがあるのだ)をレンタルしてきたのだが、妙な懐かしい(80年代のキャラクターブーム)気恥ずかしさとあいまって、私としては、あ! これじゃないのか? という気になっています。子ども的にも、鼻歌でビッグバードと一緒に歌ったりしているので、ちょっとこの線を押してみようか。

でも結局、子どもと一緒に見るのに居心地がいいっていうと本当にNHKの教育テレビが完璧にすごいんんだということにもまた気づく。「おかあさんといっしょ」以外は基本的に親が見ても面白いし、ずいぶんあかぬけてる。

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2009/10/21

手術延期に

前回、私が手術をすることを書いたら続々と友人からメールがよせられて泣きました。こんなに友達いたのか私! 正直びっくりした。正直びっくりした。2回書きましたがなんならもう1回書いてもいいぞ。正直…もういいですか。

近所に住んでるんだし買い物買って持ってくからと具体的なサービス内容まで送ってくれたり、池尻から念を送ってくれたり、武蔵野からハンガーをかざしている自分の写真を送ってくれたり(「ハンガレ」→「ガンバレ」だとのこと)、ああ、携帯メールってこういうときに使うもんなのかとはっとなりました。

実は私はあまりちゃんとした友達がおらず、ほら、たくさんいるけど、あんまりいないっていう。ああいうあれなので、友達については自信がいまひとつ持てない人生だったのだけど、なんか、あー、でもそういうあれでもいいんじゃん、という気持ちになっておりんす。

で、そのようにみんなに応援をいただきまして、自分でも覚悟をきめにきめまくっていたのですが、手術は見送られたのです。

息子がインフルエンザに罹患しており私も感染の可能性があるから、というのが理由のひとつ。で、もうひとつはそもそも「手術の必要、ないかもしれねっす」って。

なんとまあ にんじんぬいたら ねっこのひげが のびほうだい(「ぐりとぐらのあいうえお」より)

絵本を引用してしまうくらい「なんとまあ」な事態が起こりまして、そういうわけで、もしかしたら手術はしなくてもすむかもしれないようです。

とりあえずよかったです。ハンガーかざしてもらったり、念を送ってもらったおかげだと本気で思った。本当に。

しかし、そんな背後で息子を懸命に看病していた夫が感染してインフルエンザになったのだった。

でも、タミフルが効きまくってふたりとも丸一日でほとんど解熱したので、この話題はさらっとです。

こどもとのちかごろ

いよいよテレビに出てくる芸人さんのギャグをでかい声でまねするという「うわあ、子ども!」というそぶりを見せ始めた。

今のところのもちネタは「ごめんねごめんねー(U字工事の右の人の)」と「だいじょぶだいじょぶー(小島よしお)」の二つ。

この手の言い方は本当に何度も書いてるけど、発言やしぐさを見るにつけ、ああ子どもだ、子どもがうちにいる、としみじみ思う。

お店屋さんごっこが最近好きなようで店員役として丁寧語を使って喋ったりもしているのだが、すごく語尾がまんがだ。

「いらっしゃいましぇー! いらっしゃいましぇー!」
「ひゃくえんでしゅ!」
「こうやって、つかうんでしゅ!」

本当にまんがに出てくる赤ちゃんの語尾みたいになってる。そういや、0歳の赤ん坊の頃も本当に「あぶあぶ」いうので驚いたことがあったな。

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2009/10/19

デジカメとか壊れる

ちょうど10年くらい前、わりと大きな失恋をしたとき、持ってるものが片っ端から壊れた。家電はもちろん、ヘッドホンの軸が折れたのだ。普通折れないだろうあれは。体も10キロ痩せて、体脂肪率が15%くらいまで落ちた。基本的に中肉中背の私にとっては結構な減量だ。

今週末、ちょっと同じようなことが起きた。
夫が風邪を引き、
私の手術が決定し、
息子がインフルエンザにかかったのと同時に、
デジカメの液晶と、
洗濯物干しが壊れたのだ。

そういうときがあるんだなと思う。今回は、私の手術がちょっとショッキングなタイプのもので、世間的なものさしで見ると10年前の失恋なんかよりぜんぜん悲しみの度合いは大きいかもしれない。

でも、だからもっと色々壊れるんじゃないかといいうと、そうでもないのだった。
夫はほっとけば1日中寝ていられる人なので、わりと重そうな風邪だったものの短期間でやっつけた。
子どもは昨日発症したばかりでまだまだ辛いところだけど、嘔吐や下痢といった症状もなく、食欲も一切落ちず(これは本当に特技だ)がんばってくれている。

なんだか今回は、身の回りのものについてもデジカメと洗濯物干しのほかに壊れる予感がもうしない。
あのときは、もうどんどんどんどん壊れて、あ、こりゃだめだと思ったが、今回はもうこれで終わりだろうという気がする。

普通のもの言いになりますが、病気をしているけど家族が優しい。仕事の人たちもとても優しい。なんといいますか、ひじょうに守られてる感じがします。

こういうとき、10代とか20代前半の頃なんかより本当に生きやすくなっているなと思います。格段に格段に格段に。

私も明日の手術、がんばろう(お医者さんが)。

そういや、前々回は長靴が壊れてるし、なんだか景気が悪い流れにはなっていたのだな。

次回は景気よくサーティーワンでトリプルを食べた様子でもお送りしようと思います! と、思って今しらべたら、トリプルって普段はやってないみたい。家でやるか。アイスすくうあの丸いカパって機械(アイスクリーマー?)ならあるし! そういや、なんでアレがうちにあるんだろう。運命ですかね。

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2009/10/11

とぼとぼ と まぜまぜ

夫と子どもが20時に寝てしまって、唐突に現れた自由時間にどうしていいか分からずうろたえている。

そんな「突如現れた自由時間にうろたえる」ってすごくサザエさんとかで描かれるお母さんぽくて、それにまたうろたえるという、うろたえスパイラルですこんばんは。

というのも、友人宅へ遊びにいったところおいしい食事とお酒で大変にもてなしていただき、家族全員で飲んで食べまくったのだった。飲んで食べまくると我が家の住人は容赦なく早く寝る。20時でもずいぶんもった方だと思う。

家族といえば、前回夫の「あっぷっぷ」の写真を掲載したところ本人が「青森のねぷたみたいだ」といっていて、あ、これはずいぶんうまく表現したなと関心した。さすが自分の顔。

なんだか最近からだに不調があって通院しているのですが、これでちょいちょい(私にとっては)高額のお金が消えていきげんなりしてしまう。お金がかからない予定の診察にも、不測の検査などでサプライズ課金があるのが見逃せない。

病気とか怪我とかやると多かれ少なかれ精神的にも「あーあ」という感じになるのに、私はどうも住宅を購入してから貧乏性になってしまったようで、持っているお金が少なくなることで精神的打撃をうけやすいものだから、もう病院帰りの様子は「トボトボ」そのものだ。

病院から最寄り駅の間が15分くらいあるのだが、15分間超トボトボだ。誰も見てないけどトボトボショーだ。

こんなときは音楽が人生を救うのだろう。ここ最近普段まったく音楽を聴かないのですが、久しぶりにiPodを充電しています。

子どもとのちかごろ

一緒に湯船につかっていた。まだ小さい私の子はしゃがむとおぼれてしまうので基本的に立ったまま入浴している。だいたい、胸の下くらいまでが漬かっている。

私が体育座りの姿勢で湯船の半分をつかい、残りの半分でバケツだの小さいゴムボールなどを使って遊んでいたのだが、なんのはずみにか、両腕を斜めに広げ、傘のような「A」のような姿勢になった。

そして、それぞれの腕を、円を描くように回して言った。

「まぜまぜ」

確かに浴槽の湯は混ざった。

ちかごろ、保育園などの安全な場所だと一緒に階段を降りてくれない。仕方ないので私は先に下に降りて待っている。ぼんやり待っていると、なにか物足りないのか「ばんがれっていって」と頼んでくるのだった。

「ばんがれ」とは、おそらく「がんばれ」のことだろう。そりゃいつだって自分の子のことは全力で応援したい。言葉にするのはやぶさかではない。がんばれー! がんばれー!

そうして応援してやると、息子はふんどしを締めなおすような真剣な顔つきになって階段を降りてくる。「がんばれ」ひとつで本当に頑張れる人がいた。

「がんばれ」って言葉は一時期なにかあまりよくない言葉として言われることがあった。精神的に不安定な方にむやみに「がんばれ」というとかえって追い詰めてしまう、など。その話を聞いたときはそれは気をつけねばと思ったものだが、場合によってやっぱりちゃんと「がんばれ」って言葉には励ます効果があるんだな。

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2009/10/05

納豆を一万回混ぜた人

デイリーポータルZで「納豆を一万回混ぜる」という記事を書いたのは、もう4年以上前のことになる。タイトルのとおり、1時間40分かけて納豆を一万回混ぜたレポート記事だ。

デイリーポータルZに記事を書くようになって2年半が経ったくらいで、ちょうどネタにも窮していたのだと思う。何か奇異なことをしてやろうという意欲や単純な好奇心というよりも、ただただ思いつき一発でやってみたくらいの感じだった。

これがまさか公開直後で10万PVをもらうヒット記事になって、デイリーポータルZのライターとしての私の代表作になるとは思いもしなかった。今文章を読むと、文章技術がいまよりさらに低かったということもあってか、反省点もとてもとても多い。

この「納豆を一万回混ぜる」という思いつきはネット的でかつテレビ的でもあったようで、直後からいくつかのテレビ番組で取り上げられたようだ。

ほとんどは私の知らないところで放送されてあとで聞いて知って、「パクられた!」とかいいながら、でもニヤニヤ嬉しい思いをしていた。

取り上げることについて連絡をもらった例では、一度「徹子の部屋」の記念番組で放送させて欲しいと話があったことがある。それはぜひ、と、要望に沿う形で私の顔写真や混ぜた状態の納豆の元データを送ったのだけれど、残念ながら企画が倒れてしまって放送はされなかった! 本当に残念すぎる。

このところもまた、深夜芸人さんが出演されるという番組で取り上げたいというお話を、人を介していただいた。デイリーポータルZのクレジットも入れてくださるとのことで、こんなにありがたいことはない。

話は進んでいたのだが、ちょうど私が子どもの病気で会社を休んでいるタイミングで「なるはやで、記事中の納豆を混ぜている経過の写真の元データをもらえないか」という打診があった。

テレビに映るならぜひとも差し上げたい。でも、枚数が多いため渡すだけ渡してテレビっぽく編集されちゃうのもつまらないなあという私の貧乏根性もありつつ、結局は物理的に「なるはやで」画像を用意することが難しいこともあって、画像の提供はなくなった。

そうしたら、なんだか結局デイリーポータルZをクレジットしていただくことができなくなってしまったそうだ。私が直に番組の制作会社の方とやり取りしていたわけではないのだが、理由として、

1.番組中に納豆をまぜることについて取り上げる時間が短くなったため
2.納豆を一万回まぜる記事はネット上にデイリーポータルZ以外にもあり、デイリーポータルZがオリジナルであるか分からないため

というのがあげられたという。人を介していたので、実際どんな言葉で言われたかは分からないけれど、そのように伝えられた。

がーん!

がーん!

がーん!

特に「2」はちょっとショックで、今日思い切ってここに書いてしまいましたよ。

それにしても、結構本気で受けたショックが

「自分が、納豆を1万回かき混ぜて記事にした最初の人だと認めてもらえなかったから」

というのはなんだかマヌケで、冷静に考えればそのどうでも良さに気づいて腰がくだける。

でも、私がやらなくてもそのうち誰かしら納豆1万回ぐらいかき混ぜてるよな。いや、記事にして公開しなかっただけで、納豆1万回かきまぜた人くらい歴史上でいただろう。いや、いたか? 納豆が発明された当初ぐらいの昔だったらいた気はする。

「1万回混ぜたけど、ありゃ時間かかっちゃってだめだわー」って。

こどもとのちかごろ

「にらめっこ」のルールを覚えたようだ。

以前までは「わらっちゃまけよ、あっぷっぷ」といって相手(夫や私)が変な顔をするとすぐ笑ってしまっていたのだが、最近は笑うことが負けであるということが少しずつ分かったようで、自分もオーソドックスな「あっぷっぷ」の顔(頬を膨らます)を作って対抗している。

正直、「あらまあ、かわいいねえ」という顔で笑うには値しないのだが、こちらの変な顔にほとんど屈しなくなっているのにはやるなと思う。

特に夫は顔のパーツが私以上に大きく作りも濃いため、人によってはかっこいいといってくれることもあるが、変な顔をしたときの威力がちょっとハンパないのだ。

なんというか、「龍」とか「鬼」とか、そんな感じ。顔全体がスカジャンの刺繍のような様相になる。結婚式の写真では汗でてかって凹凸が強調され、顔面が職人の作る飴細工のようになっていてあれは見事だった。

夫の顔で今後も訓練を積み完全に笑わないようになれば、うちの子はあっぷっぷに関しては英才教育を受けた秀才であるといえると思う。

Niramekko

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