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2009年9月

2009/09/30

長靴のかかとが箱だった

今日は緊急地震速報です。

長靴が壊れた。

せっかくだから、もう一度書こう。

長靴が壊れた。

私以外の人にとっては緊急でもないし、ましてや地震でもないニュースだが、私にとってはもうほとんど緊急地震速報クラス、いや、クラスとかそういう比喩表現じゃなくてもう緊急地震速報そのものだこれは(違うけど)。

なんだ長靴が壊れるって。ほとんど買ったばっかの長靴が、壊れるってどういうことだ。

靴ってのはだいたい履き古して捨てるものじゃなかったのか。それが、壊れるって。昭和の押し売りで買ったのか私は長靴を。もうごりごりに倒置法だ。押し売りで買ったのか私は長靴を。

歩きながら、なんだか左足がふにゃっとするなと思ったのだ。かかと部分がやや高くなっているタイプの、ローヒールブーツ風の長靴なのだが、会社からの帰り道、電車の乗り換え駅でそのかかとの部分が破壊しているのに気づいた。

かかと部分が破壊しているので、着地がふにゃっとなっていたのだ。

なんと、四角いゴムでできていると思っていたかかとの部分は中が空洞になっていた。私がかかとだと思っていた四角いゴムは、かかとではなく、四角いゴムでできた箱だったのだ。

上げ底のお土産か私の長靴は。じゃなけりゃあれか、欠陥リフォームか。

確かに安い買い物ではあったが、ネットなんかでよく見る激安なものよりはある程度お金は出したはずなのになあ。そういうことがあるんだなあ。

かかと以外はまるきり問題ないので、とりあえず修理のお店にもって行くことにしようと思います。店の人が「うわ、なんだこれかかと箱じゃん」って思ってくれたら、まあそれでいいか。なんか面白いから。

こどもとのちかごろ

なんでも「自分でやる!」という時代が到来している。服を着るのも、イスに座るのも、歯を磨くのも、寝るのもとりあえず「自分で!」といっている。私の家ではベッドじゃなくて布団制度なのだが、布団を延べるのも自分で全部やらないと気がすまないようだ。

敷き布団マットを敷いて、上に敷き布団を敷いて。子ども用の布団はないので大人の布団を並べて使っているのだけど、私が押し入れから布団を出すだけ出すと、引っ張って敷いている。

この、小さな体で大きな布団を敷く姿が、これ以上なく「せっせ」という感じなのだった。

様子を書き表そうとすると、もう「せっせと布団を敷く」としか書きようがない。布団を敷くと、ちょっとシーツのしわを直したりして、「せっせせっせ」だ。こんなに「せっせ」している人は多分始めて見た。ああ、こういうときに使うんだのう「せっせ」って。と、ひげをなぜながら見守っています。

あと、6月に買った子どもの長靴はもうサイズが小さくて入らない。あっちもこっちも長靴八方ふさがりだ!(二方だけど)

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2009/09/25

消耗品ほしい

今日は算数のように最近のことを振り返ろうと思います。

テレビのリモコンの電池はまんまと夫がしびれを切らして取り替えた!(効きが悪くなっているので夫が代えてくれるのを静かに待っていたのだ)+腰をねじって痛くした…=0

友達に子どものオムツの余ってるのを大量にもらった!+夫の友達も子どもの余ってるオムツをくれるらしい!+仕事でうっかりミスを多発したり、言わなくていいことを言ったりしてしまった…+友達と偶然会えたのに、ちょうどお腹がすいて頭に血がまわらず適当な話しかできなかった…=0

母がお米をくれるという!+なんと義母もお米をくれるという!+腰をねじったのを医者付きの整体にかかったら、病院の治療費と含めて整体が保険外で9000円とられた……=0

ほら、なんだかうまくできてるよ! そして、オムツをもらうことで自分の人生のいろんなことがカバーできていることに気づく。仕事のミスまでカバーできてることになっているのは自分としてもやりすぎかと思うが、それぐらいの力があるのだオムツには。

そういやうちの子はもう保育園ではオムツは外してもらっているのだからちゃんと家でも外す努力をしなければならないのだが、オムツをもらうどうにも嬉しくわくわくするのだった。消耗品は全般もらうとすごく嬉しい。子どもの頃、近所の自治会のイベントとか運動会の父兄競技とかの参加賞としてラップとかジプロックが配られていたが、その意味が今なら痛いほど分かる。あれ、超うれしいのだ。

子どもとの近頃

テレビで子どもが空手をしている様子が放送されて、触発されたように「やー! やー!」と適当に手足をぶんぶん振っていた。

ぶんぶん振って、そのうちそれは空手なのか何なのか、ぐるんぐるん両手を振り回したりするような格好になり、いつのまにか片手がグーに、もう片手がチョキの手になっていた。

はっと、その手の形に気づいたようだった。ぶんぶん手を振り回すのをやめ、ゆっくり、チョキの上にグーを乗せて、いう。

「でんでんむしむし」

うん、そうだね、でんでんむしだね。

細かすぎるモノマネ、という、モノマネ芸のジャンルがある。我が家でも息子が今一生懸命に覚えているその手のモノマネがあるのだ。

「大きなかぶ」という絵本の、最後のページの「孫」の真似だ。

大きなかぶが、ようやく抜けてやったね! という登場人物たちが描かれているのだが、女の子である孫はかわいらしく拍手しているような形で手を胸の前に出している。「小さく前へならえ」のポーズというと分かりやすいか。

どういうことか、そのまねの練習にとても熱心だ。「こう!」「こうやってやってる!」と。情熱の出所がかなり分かりづらく悩んだ。

最終的にとても上手にポーズはとれて、私が大笑いしたら満足したようでした。

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2009/09/18

1日が短くなった

ここ2,3ヶ月か、かなり早いスピードで生きてる。特に平日はこれまでの1日の80%くらいの勢いで過ぎていく。

単純に会社の仕事の量が以前より少し増えて(といっても、まったくたいした量ではない)集中して作業する時間が増えたため、1日の大半をすごす会社での体感時間が短く感じられているからだと思うのだが、せっかちの私としては、このびゅんびゅん流れる1日の早さがちょっとわくわくするのだった。

6時に起きて7時30分に家を出て会社へ行き、18時30分に子どもと一緒に帰宅してご飯を食べて洗い物をして19時30分。この13時間30分がまあ早い。

19時30分から子どもとだらだら過ごす30分間、ここで時間がびょーーーーーーんと伸びて感じられる。一旦びょーーーーーーんと伸びた時間は、また20時から風呂に入ったり家事をしたり子どもを寝かせたりしているうちにキュッと縮まって、気づくと23時くらいになっている。

私のせっかちとしての面目躍如だと思うのは、こうしてハッとしたら23時だったというタイミングで、なんだかせいせいした気分になって寝てしまうというところだ。

ひと段落ついたし、ちょっとお茶でもとかそういうのは一切ない(ビールがあったらすごい早さ飲んで寝る)。

音楽も聴かない。映画も観ない。本も読まない。ゲームもしない(テレビはちょっと観る)。ただ生活して、寝る。

その感じが面白くて、しばらく「うわー、早ーい!」と目をきらきらさせていましたが、さすがに最近ちょっとまずいような気もして、とりあえず11月のローザスのチケットはとりました!

子どもとの近頃

気づくと、一人でこっそり何かしていることがある。小さなおもちゃを持って背中をまるめて遊んでいるようなことがほとんどだが、たとえば歌を歌ったり、踊ったりもしている。一人で。

以前車ででかけたとき、夫と私がすっかり話しこんで子どもが静かなのでふと見ると、静かに静かにピースサインの練習をしていた。後で自分の年齢「2歳」がやりたかったのだということがわかった。

今ではピースもできるようになったが、指を動かすのは小さな子どもには難しいことのようだ。まだ1歳くらいのころ、食事をきれいに食べた子どもを見て夫が「やったね!」と親指を立てると、得意げに人差し指を立てて返していた。

歌は大きな声ではなく、ぶつぶつ独り言のように歌う。「もしもしカメよ♪」をぶつぶつすごく小さな声で「カメカメもしよ♪」と歌っていたのはわが子ながら満点だと思いました。

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2009/09/13

なくなったり出てきたり

久しぶりに子どもが体調を崩しております。

ちょっと熱があるくらいのスタートだったので甘く見ていたのが、どうもずるずる熱が引かない。一応インフルエンザの検査をしたところやはり陰性で、それで油断したのもいけなかったか長引いている。

鼻水も咳もなく、食欲も普通でただただ熱だけがあって、こういうときのどうにもならないただ待つ感じは、せっかちの私にはどうにも耐えられず、昨日は昼間夫がいたので夫に子どもを頼んでそこいらじゅうを電気自転車で走りまくったら途中で充電が切れてえらい目にあった(電動自転車の本体はおそろしく重い)。

子どもは安静にさせるためにブックオフで中古で買ったDVDの「チェブラーシカ」をやけに気に入って、繰り返し繰り返し見ていて、私はもういい加減飽きたので、何か別のもの、そうだ、子どもといえば「となりのトトロ」なんじゃないのと思って電気自転車を充電してまたそこいらじゅう探し回るが近所には売っていないのだった。

落ち込む気持ちを立て直そうと思って鼻の角栓取りパックをやるも夫婦ともにぜんぜん収穫がなく、ああ、たのむから回復してください子ども。

この夏いっぱいかけてどこにしまったか忘れた蚊取りマットをさがしていたのだが、ついぞ見つからなかった。先日見つかったのに、今年は秋の気配が早くてもう必要なさそうだ。

台所では大量にあったはずのローリエがなくなり、表書きが何もない白い粉が一袋出現した。多分ホットケーキミックスだとは思うんだけど、買った覚えはない。

うちはすごく狭い家なのに、それでもやはりものはなくなったり出てきたりするんだなあ。

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2009/09/07

指笛

テレビのリモコンの電池が切れかかって久しい。

普通に押しても効かない。2,3度押してもやっぱり効かず、裏の電池のフタをとってギュルギュル電池を回転させると、思い出したように作動する。この状態で、もう3ヶ月ぐらい、いやもっとか。

いっそ、切れて欲しいのだ。

ギュルギュルすると復活すれば復活するので、古い電池を取り出して新しい電池を入れるという手間をかける気にならないのだなかなか。でもいい加減ギュルギュルするのにも疲れてきた。ああ、疲れてきたな最近と思った頃、夫もまったく同じことを思っていたようだ。

「もういいから早くなくなれ、電池」

と言っていたのを小耳にはさんで、私はひげをなぜてほくそ笑んだ。きっとまだ電池はもつだろう。だが、夫がそろそろしびれを切らす。私はただ静かに待てばいい。キキキキキ。

少し前になってしまったけど、振付家のピナ・バウシュとマース・カニングハムがあいついで亡くなった。私にとっては生ける伝説の死だった。どちらも舞台を観たことがなく、観にいく予感もあまりなく、私の中ではもう伝説枠でもやむを得まいという人たちだったのだ。亡くなってしまうとやはり残念で、追悼する気持ちで少しの間 しーんと静かにした。

子どもとの近頃

食べごっこがいまだに大好きで、印刷物やテレビに映ったもの、服の柄などに食べ物があるとつまんで口にもっていって咀嚼して食べるマネをする。

このまねがめきめき上達しているのはどうしたもんだろう。近頃など「えっ? 本当に何か食べてる?!」と思うほどだ。適度に上あごと下あごを動かし、少しずつ飲み込むようにのどを鳴らす。そんな技術磨いてどうすんだ。どうすんだよー!

ことばについては、いよいよ「かわいいこと言っちゃうゾーン」に突入。待ってました!

保育園に張られていた魚の切り絵が季節の飾り変えで外されたときに「さかなさん、いなくなっちゃったねー。お散歩行ってるのかねー」だとさ! ピューピュー! これから毎日私は子どもがかわいいことを言ったら吹けない指笛をむりやりにも吹くことにします! ピューピュー!

指笛の音に乗って、絵本の暗唱もどうかという勢いで進行中! 0歳のころにもらって読みすぎて、子どもばかりか私も夫も覚えている「ぐりとぐらのあいうえお」は、覚えているけど家族の誰一人として文中の「レモンバーム」をよく分かってないぞ。けれどそれが楽しい、ピュー! ピュー!

このように、私は人が死ぬので静かにし、生きているのでうるさくしている。

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2009/09/01

山小屋、てんぐ

前回のこちらのブログで、ツイッターの練習だい! ということで

・明日から夏休みでせっかく涼しいところに行くのに、昨日あたりから東京は秋です
・さいたま芸術劇場が遠いのは本当に困る

と書いたところ、知人友人から続々と「なんかあんまりツイッターの発言ぽくない」と言われて、がーん! となっていました。いや、がーん! というより、ほわーん! というか、なんかこう、イメージでいうと空洞の私が横から棒で打たれた(私が鐘という感じですね)イメージです。ほわーん! って。いい音だなー、って。

・明日から夏休みでせっかく涼しいところに行くのに、昨日あたりから東京は秋です

と書いたとおり、長野の蓼科に行ったのだった。涼しかった。ありがたくも、行った当日は東京はとても暑い日だったらしい。よし! だ(この間みた映画、「ジャージの二人」でまったく同じシーンがあったな)。

さて、行ったのは祖母が毎年避暑に使っている山小屋でした。今年ここは一大事だったらしい。

この山小屋は祖父が多少はお金に余裕のあったころに購入したものだと思う。でも断じていわゆるいいイメージでいう別荘ではない。それこそ「ジャージの二人」に出てくる山荘を1.5倍古くした感じです。キャッチコピーをつけるなら「虫とカビと戦う場所」でどうだろう。

で、今年は虫とカビ以外にもいろいろ出たようだ。

3年前くらいにやったリフォームの業者がよくなかったらしく、台所の吊戸棚は3センチくらいずれて今にも落ちそうで、テレビの配線をした穴がガバガバでそっからネズミが入ってきて、さらにどこからともなくアリがわいてこれがどう処理しても一向にいなくならず難儀したと祖母が言っていた。

私たちが行ったのは8月の終わりだったので、ネズミもアリも全部出なくなった後だった。また小さくガッツポーズ。しかし吊戸棚はずれたままで怖かった。

子どもとのちかごろ

夫の実家から、夫が子どもの頃遊んでいたという木製の大きな輪投げセットをもらってきた。狙う的になる部分が50センチくらいの長さの棒で、土台から外れるようになっている。

この棒を、麺棒のようにしてころころ転がしてパンをこねるまねをしてみたり、バットのように振り回したりして(ぶんぶんうなって危ないのでやめてもらった)遊んでいたのだが、しばらくして、思いついたように両手でささえて端っこの部分を鼻にあてた。

「てんぐ」

と言った。

棒の重さで体がちょっとよろけた。

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