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2009年8月

2009/08/26

ツイッターの練習

涙もろくなって久しい。以前当サイトでも、近所のスーパーのリニューアルオープンに際して泣いてしまったことを書いたのだが、もう本当にいつ涙が出るか分からないというぎりぎりの状態で生きている。

最近泣かされているのは大好きな子ども向け番組「シャキーン!」で流れる歌「   
なまら・でら・めっちゃ・ばり・でーじ!!」だ。

泣きを誘うタイプの歌では決してない。「とても」を表現する方言を軽快なリズムにのせて歌う、楽しい楽しい歌だ。なのに、泣いてしまう。

たいてい流れる時間(朝の7時すぎ)は洗濯物を干している時間なのだが、いつも干しながらちょっと泣く。

歌詞だけはNHKのサイトに出ていました。これ読んでまたちょっとぐっときた。
http://www.nhk.or.jp/kids/program/shakiin_song_new.html

「泣くような歌ではない」と思っているのだが、なんとなく泣く理由も分かっているのだった。

子どもとのちかごろ

「ワークマン」のCMが大好きで、流れると体のうごきと息も軽くとめて見入るということも、以前書いた。先日またテレビで放送されたのを見て言った。

「これ、好き」

あ、認めた。

ツイッター

・明日から夏休みでせっかく涼しいところに行くのに、昨日あたりから東京は秋です
・さいたま芸術劇場が遠いのは本当に困る

二つまでは普通にかけたけど、あとツイッターっぽく何か書こうとすると全部愚痴になる! やっぱり私には無理です神様。

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2009/08/18

ヤマギシ

そういえば、村上春樹の「1Q84」を読んだんだった。

ファンというわけではなくて、むしろわりと普通に苦手だったりもするけど、私は難しい本が読めないので村上春樹だったら読めて嬉しいという具合です。

難しい本が読めない(これは えばっているのではなく、本当に読書する基礎体力的なものが決定的になくて本当になんとかしたい)上に、読み解く力みたいなものもあんまり働かない方で、小説なんかは書いてあるとおり、額面どおりにしか受け取れないので感想的なことは書かないけど、今回はどうもヤマギシ会がモデルになっているらしい団体が出てきて「あっ!」となったのだった。

ヤマギシというのは、農業・牧畜業を基盤とした理想社会を作るコミューン団体(wikiより)。むかしカルト集団として報道されたりしつつ、自然食品を販売したりなんかして一般に広まったり、かと思うと、またちょっと勢いなくして引っ込んだりしているコミュニティ、ということは大人になって改めて知った。

というのも、私の母が1985年ごろから10年くらいヤマギシにはまった関係で私と妹は何も知らずにヤマギシの村に行かされていたのだ。当時の私としてはこれは、えらい目にあってるぞ、という感じだった。

いや、そんな「えらい目」ってんでもないか。ただ、自分の意思に反し、毎年夏休みになると(油断していると春休みとか冬休みも)母に強制的にヤマギシの村に1週間~4日間送られた。小学校2年生くらいから4年生くらいの間のことだったと思う。ちょっと調べたら今もやっているようだが、ヤマギシは「子ども楽園村」というヤマギシの村の体験ツアーを子ども向けに行っていて、それに参加させれていた。

プログラムとしては多分そんな「参加させられていた」って嫌がるほど悪くなくって、まわりの子どもたちはみんな楽しそうだったし、行ってしまえば私も楽しかったけど、単純に小さな子どもとして親元を離れるのがすごくすごく嫌で、出発前や「今年も行ってもらうからね」と母から聞かされたときはもう わんわん泣いたのを覚えている。

今もそうだが、基本的にあまり好奇心というものがなく、ただ流れる日常を淡々とすごしていたいという子どもだったのだ(兄弟でいうと、そういう引っ込みなタイプの私と次女は嫌がったが、イベント大好きな三女はたしか喜んで行っていた)。

当時「子ども楽園村」は各地で行われていて、私も方々へ送られたが(ときどきは妹と別の場所へ行くこともあったように思う)総本山的なところが“トヨサト”と呼ばれる場所で、いつかそこにも行った。何か所か行ったうちではこの“トヨサト”のことを一番よく覚えている。

そのときは父が横浜まで送ってくれて、父相手だったらもしかしたら大幅に抵抗すれば行かなくて済むかもと思って確か駅ですごく泣いたのだがだめだった。なんで横浜から電車に乗ったのを覚えているかというと、社内で食べるように持たされたのがシウマイ弁当だったのだ。駅が大きくてきれいで、父は背広を着ていた。会社へ行く途中だったのか。

調べてみたら、ヤマギシがある“トヨサト”は三重県津市の郊外らしい。え?! いくらなんでも遠くないか?! そんなとこまで行ってたのかと改めて驚いたよ。

入所するときにまず毛じらみのチェックと貴重品の預かりなどがあって、それが終わると班分けを伝えられて「ソフトクリームをもらいに行ってね」と言われるのだが、私はその場所がどこか分からず、延々迷った挙句、大人が食べる用らしいソフトクリームの機械に並んでしまって「ここは違うよ」といわれてまた迷って、ものすごく世の中から放り出されたような気分だった。おお、そうだそうだ、あれは結構本格的にさみしい体験だった。

その後なんとか行くべき場所にたどりついて、ソフトクリームをもらった。これはすごくおいしかった(正確には、周りの人が「うまいうまい」と言って食べていたので、「ああ、これがおいしいってことなんだなあ」と思った)。「爽」みたいに、細かいシャリシャリが入っているような感じだった。

ツアーに参加している子どもが全員集まると、大きな体育館いっぱいになるくらいの人がいて、ものすごく大きな声でいろんな歌を歌った(歌も覚えている、これは歌わされてるというより、自分からすすんで楽しんで歌った)。あと、農産物に関する大人による寸劇みたいなものも見たと思う。「牛乳を噛んで飲もう!」とかそんなような内容だった。

これは後から聞かされた情報だと思うので、当時の私はとくべつ問題にはしていなかったようだが、生活のなかでは1日2食だった。お腹がすきすぎていたのか、食堂で目の前に座っている男の人のTシャツの柄(マリリンモンローの顔写真?? だったかなあ)を見ながらボーっとしてしまい「おーい、大丈夫か?」と聞かれてはっとなったのは覚えている。

食事では牛乳に生卵を割り入れてそのまま飲むスタイルが推奨されていた。混ぜてもいいのだが、そのまま飲むのがよしとされていたのだった。

おお、なんだかえらく長くなってきたのでとりあえずやめておこう。でも結構いろいろ覚えているなあ。

“トヨサト”のときだったか別のところだったか忘れたが、毛じらみをもらって帰ってきたことが一度あって、粉の薬で撃退した。

「1Q84」では、あとエホバの証人らしき宗教団体が出てきていて、これも「あ」となった。中学のときの友人(といっていいか、微妙な関係だった)に一人信者の子がいた。

いろいろ思うところがあって、小説の内容どころじゃないということかもしれないです。

子どもとのちかごろ

義母がとても本に親しいひとでたくさん絵本をくれるのが、子どもも喜んでいるし私も嬉しい。

いとこにあたる子が大好きだからと「さつまのおいも」という絵本をまたもらったのだが、この本が本当に子どもにうけている。1ページに軽く1行くらいの簡単な本だからか、どうも2歳ちょうどくらいで喋りはじめの子どもにちょうどいいらしい。全文暗記して読んでくれるのだ。

今まで子どもに絵本といえば、読んであげるばかりだったのが、読んでもらうって本当に嬉しくて楽しくて、子どもに「読んで読んで」とせがむところまで全部立場逆転。

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2009/08/10

電動自転車

電動自転車がすごい。坂道が楽で、早いのだ。子どもを乗せて米5キロ乗せてもぐいぐい走る。便利で便利で、なぜ今まで買わなかったのかと常々自問しては「いやあ」と頭をかいている。ぽりぽり。

便利だという事実以上に、自転車でどこへでもいけることについてこうも胸が高鳴るかということに驚かされた。歩くより早く! もっと自由に移動できる! その喜びに、血が沸き肉が踊るんだ。本当に。そわそわする。ああ、どこへ行こうかと勝手に頭が考える。

乗り物が好きだという人々の気持ちの根源に触れた感じです。そりゃみんな車買うわな、と納得した。

踊る肉でこの週末は、行かなくちゃと思っていた目黒庭園美術館「Stitch by Stitch」展に行ってその庭園でご飯を食べて(蒸し暑くて蚊にくわれた)、無料券をもらっていた世田谷美術館「企画展メキシコ20世紀絵画展」へ行って砧公園の木陰で友人夫妻と冷たいビールを飲んでお弁当食べた(蒸し暑くて蚊にくわれた)。

要するにあれか、我が家には週末に何がしかの展覧会に行ってその辺でご飯を食べるための足が圧倒的に不足していたということか。

電動自転車の便利さに沸き立った晩、にもかかわらずテレビで携帯の交通情報サービスのコマーシャルを見て夫が「こんなの使ったら(便利すぎて自分で物を考えなくなって)頭悪くなるよなあ」と、わりと本気でおじいさんみたいなことをいっていた。

そういえば、私の周りには無自覚に効率化が苦手な人が多い。もちろんその中には自分も含まります。

子どもとのちかごろ

目黒庭園美術館「Stitch by Stitch」展は、内容上照明がおとされている場所が多くあり、怖がって泣いて見続けることができなかった。

世田谷美術館「企画展メキシコ20世紀絵画展」は、全体的に照明が暗くなったりとくべつ恐ろしい何かがあるということではなかったのだが、迫力のある絵を前にするとだっこしている夫の肩をぎゅうぎゅう抱きしめていたそうだ。

そして。メキシコ展のあとで合流した友人から映画「アンパンマン」の鑑賞券をもらった。受け取って、すごく嬉しそうだった。ちょっと笑って、ちょっと踊っていた。

実は自分に子どもができるまで「子ども向け」というものの信憑性をちょっと疑っていたのだ。それが子どもが育つにつれてやはりどうしようもなく、ちゃんと正しく正しく「子ども向け」のものを子どもは喜ぶことを目の当たりにしてきたこの2年。

「やはり!」「すごいなあ」「そうなのかあ」と思う。思いながらもなんだかだまされてるみたいでお金を出したりするのは悔しいので、鑑賞券をもらったりするのは、渡りに舟という感じです。

踊る子どもに、にこにこする親。ありがとう、そういうふうにできている地球。

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2009/08/03

言い表せなくてくやしい思い

近所にあるアンティーク家具のお店でお祭りのような催しがあった。普段は家具とちょっとした雑貨の販売のみの店舗が、この日はビールやワイン、ちょっとした食べ物(テリーヌ的なもの、マリネ的なもの、生ハムでイチジクを包んだ的なものなどなど)が出て、アンティーク雑貨のお店が場を借りて3,4件出店していた。

このお店は以前から突き抜けて針を振り切っておしゃれで私たち夫婦の憧れの的だったわけだが、このお祭りもまたおしゃれという感覚という感覚をどっかから根こそぎ引っ張ってきてそこいらじゅうに植えたという、何がなんだかわからない状態になっていたのだった。

「なんだかわからない状態」としかいえないんじゃくやしい。状況をなんとか言葉で表してやろうと思うもうまく行かず、おしゃれ番長とかいってみたけれどそんなんじゃ全然足りない。表現したいがうまく表現できないのがもどかしくてビールを飲んで雑貨を物色しながらずっとちょっとケンケン、まではいかないか、フンフンしていた。

人のおしゃれさをうがった表現でからかったりするってよくあることだが、それができない。全体に何か良心を感じさせるところがあるし、さびっさびの100年ぐらい前のアイロンが15,000円とかで売ってたりするのも、あらかじめ冗談で置いてあるような余裕があるんだもん。

パーフェクトなのだ。行き届いている。

服飾デザイナーで友人の谷田浩はいつか当然のように「おしゃれすぎると、モテない」と言っていた。それはエッジであるという意味だろう。確かなことだと思う。

近所に有名なパティシエがやっているパン屋がある。おしゃれなのだが、そのおしゃれさにはどうも納得いかないところがあった。ある友人がその店について「あのポッシュなパン屋」と言って、ああ、そうだ。いけすかないんだ、と思った(※注1)。

そのアンティークショップは、エッジでもポッシュでもないのだった。おしゃれであることに、どこかいたしかたのなさがある。おしゃれになろうとして、おしゃれなんじゃなくって、そうでしかあり得なかったような必然性がある。

ちなみに子どもを通してこのお店のご夫妻となんと知り合いになったのだが、お2人とも超いい人なのだった。

やいのやいの言っても、そのお店を見ないとどういうことか伝わらないことこの上なくて恐縮です。このお店です。

Found
http://www.foundltd.com/
(aboutページやブログでそのおしゃれさを目の当たりにできます)

夫がよく着るこの(写真↓)Tシャツはいつも「なんだそれ」と思っていたのだが、このお店で最高になじんですごくおしゃれに見えたのが頼もしかった。

Kai

Kai02 
なんかキラキラしてます。

(※注1)店員さんはみんなすごく丁寧でやさしのに。

子どもとの近頃

ママチャリタイプの電動自転車を(ようやく)買った。週末は後ろに子どもを乗せて近所を走ってみた。雨が降ったりやんだりの日で、子どもには長靴をはかせていた。途中寄ったスーパーでは、ヘルメットを脱がすのが面倒だったのでかぶらせたまま買い回った。

ふと、後ろを見たらヘルメットをかぶって長靴をはいた子どもが私の後ろをついて歩いていた。

既視感!

ヘルメット+長靴+スーパーをうろうろって、そういう子ども、雨の日にいる。誰がそうだったという実際的な記憶はないにしろ、潜在的に知っているぞ。

私の子どもが「よくいる子ども」になっている! またひとつ、自分が“子ども”というものを世に送り出したことを実感した。深く。

あと、夫婦でウコンの話をしていたら、子どもが普通に「ウンコ?」と言った。

「ウ・コ・ン」
「ウ・ン・コ?」
「ウー、コー、ン」
「ウー、ンー、コ?」
「ウーー、コーー、ン!」
「ウーー……、コーー……ン!」

そう、それでいいんだよ! と家族で大盛り上がり。ヘレンケラーの「ウォーター!」みたいになってました。

そして、「ウコン」という言葉がすごく言いづらく、また、「ウンコ」という言葉がすごく言いやすいということが分かりました。

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