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2009年5月

2009/05/25

シムラさん

学生だったころ友人の友人にシムラさんという女性がいて、それほど仲良くないのに私はすごく好きで今はもうまったく交流がないけどたまに思い出す。今日も子どもを迎えに保育園に行く道すがら思い出していた。

シムラさんはおしゃれでスタイルがとてもよく、渋谷で洋服の販売員をやっていた。2回くらい友人と一緒に遊びに行って、売り物の変わったブーツ(ソールがはんぱなく分厚い、いや本当、冗談みたいに20センチとかある)とかはかせてもらったりした。そのときシムラさんは「いまさっき、6万のパンツ売った!」といって喜んでいたのも覚えている。そのパンツは足の何ヶ所かにギャザーが入っていてイモムシみたいにうねうねしたズボンで、店でも「イモムシパンツ」と呼ばれているようだった。

ある日学校の帰り、なぜだったか自宅の最寄駅よりかなり手前の駅で夕食の買出しをしたことがあった。長ネギを買ったのだが電車に長ネギの突き出たビニールをぶらさげて乗るのが恥ずかしくて持っていた就職活動用のかばんに入れて、でも就職活動用の黒いカバンからもネギははみだしたんだけどね、そうしてとぼとぼ歩いているときにシムラさんとばったり会った。そのとき、シムラさんが長ネギに関して何か言ったかとかは覚えていない。

その後、シムラさんは渋谷の店から新宿の靴の店に異動になって、そこに私一人で遊びに行ったんだ。そのときのシムラさんの、高いヒールのパンプス(って言葉はださいと思うんだけど、ほかになんか言い方ないか。ハイヒールか。ハイヒールもなあ)から見える足の甲が筋張っててかっこよかった。確か黄色い靴だった。

たまになんだか昔のことをわりと鮮明に思い出すので、思い出すたびに忘れず書き留めておこうと思い書きました。せっかく8年ぐらい覚えてたんだから、この記憶は大切にしよう。

そういえば、潜在的に真似たのか私もいつか黄色いパンプスを買って、ずいぶん履いたので痛んできて、安物なのでリペアのしようもなく処分しようと思っているのだけど、思い出があることだし、また黄色い靴を買うかのう(おじいさん)。

あと、私はシムラさんのことを「シムラさん」じゃなくて下の名前で呼んでいたはずなのだ。けれどその名前は忘れてしまった。私が当時付き合ってた人に「コガッチ」と呼ばれているという話を聞いたシムラさんが

「私、シムラじゃん? 彼氏に“シムッチ”って呼ばれたらやだよ」

というようなこと言っていて、それでシムラさんという名前を覚えていたのだ。

チェルフィッチュの「三月の5日間」はテレビでチラっと見たけどちゃんと見ず、DVDを借りて昨日見たらもうぜんぜん面白くって、うわ、となった。同じくテレビでチラッと見てちゃんと見なかった「フリータイム」も俄然ちゃんと見たほうがよさそうだと思うんだけどどうだろう。

もっと見ていられない(見るものを飽きさせるという意味でアーティスティックな)感じだと思い込んでいたんだけど、ちゃんとしていた。勘違いしていた私があさはかでした……!

子どもとの近頃

・前回書いた高熱のときの話で忘れてたのが、耳の柔らかさだ。熱で温まってか耳がぐんにゃぐにゃになってた。軟骨やわやわ。

・その場で「くるくるくる」といいながら、くるくるくるくる回る。で、目がまわった状態でふらふらするのが楽しいみたい。幼稚園とか小学校の頃、そういうちょっとやばい感じの友達いたよな。あわわ。

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2009/05/18

「ぞう」がいる

こんにちは。今回の「まばたきをする体」は子どもが熱を出してずっと抱っこしたり、幻覚を見たっぽかったり、なぜかもてなされたりしたお話となっております。

先週は子どもが突然高い熱を出して大変だったんだった。ぐんぐん熱はあがり、発熱2日目の夕方には40.6℃を記録して思わず手帳に書いた。

発熱の間は寝ているとき以外、元気のない子どもを抱っこしている(熱があっても元気な場合は放っておくが、たいがいうちの子どもは熱が出るとすぐぐったりするのです)。抱っこする親の体の冷たさが子どもの熱をとると信頼しているかかりつけ医に聞いて以来、そのなんだかいい話風なのも手伝って、熱の出た日はじっと抱っこして日をやりすごす。2時間ドラマの再放送とか見ながら。

そうして抱っこしていたのだが、ふと、子どもを隣に置いた。置いて、また、抱っこした。

「あれ? 今のなんだ?」と自分の行動のわけがわからず、よく考えてみたら、子どもが熱すぎて抱いていられなくなったのだった。

熱を測るのが怖かったが、勇気を出して測ったときの体温が40.6℃だった。

うひゃあと思うもただ抱っこすることしかできず、母子でぽかぽかしていたが、翌日には37℃台まで下がって事なきを得ました。

高熱で元気のない間も、これは多分特技と言ってもいいのかもしれない、食欲は落ちないのが親としては助かる。

40℃を超えた日も夕食は普通に食べていた。そして、食べながら唐突に「ぞう」といった。

近頃、平日に母子2人で夕食を食べていると不在の父のイスを指してよく「おとーさん、おとーさん」というのだが、そのイスを指して「ぞう」というのだ。「ぞうさん」ともいったと思う。

間違いなく「象」のことだろう。これはもしかしてうわさには聞くザ・幻覚なのか。

勇気がなくて、象の色は聞けなかった。なんだか妙にあせってしまい「イチゴ食べる?」とか適当なことをいって気をそらせた。

高熱を出した2日間は、夫婦で午前午後の交代制で面倒を見た。発熱3日目、だいぶ熱が下がったがまだ平熱までは下がらずというところでありがたくも義母が用事をキャンセルして駆けつけてくれた。

おかげで夫婦ともに仕事に出ることができて大助かりだ。仕事から帰ってみると子どもはたくさん遊んでもらってどうかと思う上機嫌で、そのうえ家族の夕食まで用意してあった。じゃあ、一緒に晩ご飯を、というと「いいのいいの、家で主人(義父)がご飯作って待ってますから」と言残して(これがまさに“言い残す”という感じだった)さーっと帰っていってしまったのだった。ほとんど西部劇だ。

自宅にいながらにして、子どもも私も完全に「もてなされた」形。残された2人でちょっとぼーっとした。

そうだ、驚くべきことに高熱の間はほとんど食っちゃ寝だったはずの子どもだが、病後なんかちょっと痩せた。高熱で脂肪を焼いたのか。

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2009/05/12

すごい穴

近所の、すごい水道管工事が終わった。この工事、本当にすごかった。ちょっとした我が家の自慢でもあった。家に遊びに来る友人には全員見せた。

えらいでかい穴が空いていたのだ。現場は普通の道である。住宅街の、道。そこに直径2メートルほどの円形の穴が空いていた。底は見えない。穴の縁はパイプのような筒状のものでらせん状にぐるぐる縁取られてあり、工事のために臨時であけられたのではない、利用されている穴という感じだった。

工事が行われているとき以外、穴はきれいにふさがれて普通の道として使われていた。不思議と穴がふさがって道になっているときには穴のことは忘れており、だから工事が行われているときに通りかがると「そういえば穴だったんだ!」と思い出して驚いていた。

今日も駅からの帰り道、行く手にその工事が行われている様子が見え、お、穴が見られるぞと思った。

穴の縁のまわりには大人のみぞおちくらいの高さの柵がある。作業着のおじさんが3人、穴のほうを向いて柵に腕をついて寄りかかっていた。

穴が、土でふさがっていた。

あっと思ったが声は出ず、ふとおじさんのほうを見た。3人のうちの真ん中のおじさんと目があった。気のせいかも分からんですが、おじさんの目は「そうなのよ、終わったのよ」と言っているようにも見えた。

穴の写真、撮らせてもらおう撮らせてもらおうと思いながら言い出せずにいたが、埋まってしまったーよー。くそー!

妹に4月初旬に子どもが生まれた。ゴールデンウィークに会ってきたのだが、うわさどおりの小ささだった。早めのお産だったこともあって、かなり小さく生まれたとは聞いていたが、あれほどとは! 声も小さくてピーピー言ってる。なんだ、ちょうかわいい。

そろそろ2歳になる私の子どもはかなり大きく産まれた。正直、大きすぎて 生まれたて という風情がほとんどなかった。かかえると、両手からあふれた。妹の子は、生後1ヶ月にしていまだに私の子の生まれたときの体重より少なく、いまだ 生まれたて という風情がある。かかえると両手ががばがばしてもてあます。

どっちにしろ2人とも元気に育っている。妹夫婦の方が私たち夫婦より体が大きいので、最終的には向こうの方が間違いなく大きくなるのだろうと思うと、やっぱり月並みながら赤ん坊の不思議を思うわけです。

そういえば、私の子どもはでかすぎてスリング(1枚布の抱っこ用具のことですな)に入らなかったのだ。あの頃は「え? なんで入らないんだろう? スリングって難しいなあ」などと思って使うのをやめてしまったのだが、あれはスリングじゃなくて子どもが大きすぎたのだ(私が買ったのがサイズ調整できないタイプのスリングだったのもいけなかった)。

確かに、もうぜんぜん入らなかった。なんか、ぎゅうぎゅう押し込めるみたいになって、スリングで あやす はずが逆に子ども泣いたりしてたもんな。

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2009/05/07

焼肉はカルビだけ

連休は海へ行って、それから山へ行った。海はよく晴れて風が強く、山は雨が降って寒かった。わいわいたくさん人と会ったので楽しくてすぐ終わってしまったよ。

・雨の日、私はズボンにやたら水をはね上げる。道で歩いていても私ほどはねあげている人は見たことがない。すそからひざの裏ぐらいまで裏面はびしゃびしゃになるのだ。連休の最後の雨で自分の歩き方の下手さを再確認した。

・加圧トレーニングの一式を割と高額で買ったのだった。あれは3年ほど前か。トレーニング器具を買うと結構飽きずにまじめにやるたちで(もったいないからって壊れるまで使ったりしちゃうのよー、わたしー)、妊娠中をのぞいて(加圧は妊娠中はやっちゃいけないらしい)産後も一時期は集中してやっていた。が、最近は圧倒的に「もういいや」の流れだ。この流れの強さに自分でも驚いている。「やるもんか」みたいな強い意志さえあるっぽい。

・そうして意思を持って怠惰に流されそうになるとき学生時代の友人、しみっちゃんの発明的発言「焼肉はカルビだけ食べてればいんじゃね?」を思い出す。


子どもとのちかごろ

前にも書いたが、好きなテレビ番組はワークマンのCMである。

番組じゃない。

でも、どう考えても一番好きなのだ。流れると体の動きを止めてちょっと息も止めて見ている。

(「ワークマン CM 子ども」で検索したらこのCM好きな子どもが多いみたいだ。やっぱり! でもなんで?!)

食事中に気に入らないことがあると食べ物をぽいっと投げるので困っていた。注意すると泣いてさらに投げる日々が続いて、こりゃもうどうしていいか分からず、こういう時期なのかなと物を投げても放っておいてみた。それでもやっぱりどうにも収まらない。友人宅に遊びに行けばもらった食べ物を床にたたきつけるなど、まあ傍若無人の限りだ。

あ! この状態はまさに「どげんかせんといかん」だ!

と自分の置かれた状況のザ「どげんかせんといかん」ぶりに驚きつつ、もう一度、今度はゆっくり目を見てじっくり注意する。

そしたら、なんだよ、注意1回でだいぶ食べものを投げなくなった。

そうなのだ、子どもの成長は早いのだった。先週できなかったことが、今週はできるのだ。先週言って聞かなかったことも、今週は聞くのだ。

そういえば、熱い食べ物が苦手で与えると怒るので今まで必死に冷ましていた。連休中に実家でもそうして冷ましていたら私の父が呆れている。それじゃあ、とためしに熱いまま「これ、熱いから注意して」とあげてみたら、自分で指で触って確かめて冷めてから食べていた。がーん! できてる!

そうか、ぼんやりしていると置いてかれるのか。

そう思ってときめく矢先、今度は図書館で幼なじみの子が持っていた本を奪った。ゆっくり目をみてじっくり注意したら、その本を放って踏んづけた。わー。

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