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2008年11月

2008/11/26

祖母の縄跳び

祖母宅に遊びに行ったら、従兄弟の子どもが来ていた。5歳のその子は今縄跳びを練習中だとかで、一生懸命練習している。縄がたくさんあったので私もやってみたら、意外に2重飛びやらできた。

これを見ていた祖母がしきりに感心するのだ。ちこ、すごいわ。跳ぶときビュンビュン音がしてるわよ。すごいわって。

いや、そんなに感心することかなと思うのだが、祖母、自分と比較しているのだ。私なんかぜんぜん飛べないのよ。もう悔しくって練習したわよ。練習したのか、88歳。

やっと3回普通に飛べるようになったわ。って、跳べんだ!

私の1歳の子どもも一生懸命跳ぶ真似をして、飛べなくてつんのめってアスファルトに3回頭ぶつけてました。

ちかごろのこと

・10ヶ月間ぐらい悩まされている手湿疹が治まらず困っていたが、きちんとスキンケアを始めたら普通に良くなってきた。私の人生はこうやって、基本的な対策を打たずただただ困っていることが多い。

・この人とはもっと面白いことがたくさん喋れるはずだと思う人とうまく喋れてないことがあって、もったいないなあと もやもやすることがあった。そういうときって、大抵会話に固有名詞がたくさん出てきてる。そういうことないですか。

・借りた「ときめきトゥナイト」を20年ぶりぐらいに再読している。流れで子供のころ読んだ少女マンガのことが気になってネットで調べたらいろいろわかって(岡田あーみんが沖縄出身とか)だからどうしたということでもないのだけど、へー、へーと思っています。ネットすごいなあって。

・漫画の再読ついでにDSでテトリスをまたやってます。なんだ、私はすごく暇なんだろうか。

こどもとのちかごろ

・首を縦に振って「うん」と言うようになった。「わんわん」とか「ぶーぶ」とかには無かった、やりとりとしての言葉。さすがに、おおっと思う。ただし「うん」が発動するのは「おかわりいる?」とか「ミカン食べようか」とかいった食べ物に関する誘いのときのみなのだった。

・ぬいぐるみにバスタオルをかけてトントンたたいている。どうも寝かしつけているらしい。拳をがぶがぶ食べたりとか、足をしゃぶったりとか、机の脚を吸ったりとかいう意味不明な行動が少なくなって、何をしているのかが明らかな感じがどんどん出てきてる。これが逆にすごく子どもっぽい。

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2008/11/18

でかいかけ声

私の住むあたりでは、包丁は地域が研ぐものらしい。先日初めて知った。

全く知らなかったので個人で研いでいたが、適当な研ぎ器を使っているためまるで切れ味が良くならない。地域が研いでくれた包丁は違う。すごく切れるようになる。

少し前の話になるが、地域の住宅フェアで包丁とぎのサービスをやっていたのだ。プロの大工さんたちが大量にスタンバイしていて普段ノミとかカンナを研いでいるのだろう研ぎ石でせっせと地域住民の包丁を研ぎまくっていた。

事前に回覧板でまわってきたシンプルなチラシからは想像もつかないぐらいたくさんの人々が包丁を持って集まっていて、そのとき私は「包丁って地域が研ぐものだったのか!」と驚いたのだった。

その後も、地域のお祭りの情報に注目しているとたまに「包丁とぎコーナー」という文字をみかける。以前住んでいた町には何ヶ月かに一度、スーパーの前の路上にとぎ師さんが来ていたが、今の街にはそういった人がいないので、地域で研いでくれるのはとても助かります。

こどもとのちかごろ

(1)

出前のピザとか寿司とかのチラシを指差してマンマとしきりに言うので、食べ物=マンマと覚えたんだな、 と思っていたら、私が食事の支度をしているとアムアム! アムアム! と言う。

チラシの食べ物と自分の食べ物を区別しているのだろうか。なんかフランス語みたいだ。男性名詞、女性名詞的な。いやもしかしたら、食べ物と食べる事を区別しているのか。名詞、動詞的な。

語学だ。そうだよね、語学なんだよね。子どもにとってことばは。おつかれさまです! 疲れてないと思うけど!

でもまあ確かにチラシのごちそうと私の作る料理は言語表現を変えたくなるくらい ひどく違う。

(2)

近所の母子で集まってピクニックをしていた。たくさん大人がいるので、子どもを置いてちょっとその場を離れたのだが、戻ろうすると遠くに見える私の子どもが辺りをキョロキョロしている。

あ、私を探しているんだな。と思い、とっさにかなり離れた場所から「えいー! えいー!」と叫んだ(うちの子どもの名前が“えい”なのです)。

私は声がかなりでかいので、私と子どもの間にいた方々をちょっと驚かせてしまったようだった。子どもの名前がかけ声っぽいので、突然私が馬鹿でかいかけ声を上げたようにも見えるひとときでした。

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2008/11/08

父のポニョ

前回の日記で長野に行ったことを書いたが、そこで父が孫(わたしの子どもですね)のためにピンクの色鉛筆で描いた「ポニョ」があまりにもショッキングだった。

Ponyo

がーん!

絵が描けない人の絵に いたしかたなくあふれるオリジナリティというものはやっぱりすごい。下手絵という おもしろジャンルが世の中に安定して立っているのは豊かすぎる土壌があるからだ。こんな絵が描けるんなら、才能のない人は絵を学んではいけないんじゃないか。

才能がないということが最初から分かっていれば何も学ばないのに!?

と、そんなことどうでもいいから父のポニョはすげえ。

子どもとの近頃

・電車での移動中、そばにおっさんがいると本当に助かる。おっさんが近くにいると、じっとじっとおっさんを見つめ、ただ見つめているのですごく静かなのだ。おっさんがいないと、やれ何か食べさせろ、外を眺めさせろ、そこいらを歩かせろと大変なのが、おっさん1人いるだけで本当に楽だ。以前はじっと見るなんて失礼なのではと気を私に向けようとしてみたりもしたが、そうするとやっぱりうるさい。うるさくするよりはマシなのではと、申し訳ないが見つめさせてくださいと無言でおっさんに軽く頭を下げています。

・電車で子どもを連れてどこかへ行くとき、まだベビーカーに乗せているので乗換えなどは基本的にエレベーターを使う。私1人で移動するときとはかなり違って遠回りな経路で行くことになるのだが、これが結構おもしろい。埋もれたエレベーターを発見し、乗換えて目的地へたどり着くのはちょっとゲームっぽい。

・今日は多摩へ引っ越した友人母子のところへビールを飲みに行ってきたが、自分なりに納得の行く乗換えができました。

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2008/11/03

馬と鹿

お祝い事があって両親と長野の山に行っていた。

夜、だらだら母や幼なじみの家族と話す機会があって母から最近の悔しかった話というのを聞いた。それは 洗濯ばさみを買う夢た、というもの。

洗濯ばさみを買うのにどれにしようか迷って迷ってなかなかきめられずにイライラしているという夢を見たんだそうだ。そういうどうでもいい夢というのはだいたい起きて顔を洗うと忘れてしまうものだけど、あんまりにも日常的すぎて夢の無い夢で情けなくなって悔しくて覚えていたという。

さて、なんで母が夜中に夢の話をはじめたかというとそれは私が小栗旬とつきあってる夢を見たという話しをしたからだった。特にファンというわけでもないが夢から覚めたとにやけに得した感があった。なんでだろうという私に、その場にいた夫から、いや自分では気付いてないようだが前から小栗旬のファンのようなそぶりをみせていたよと教えてもらって、えー、となった。

さらにさかのぼってなんで私が小栗旬の夢の話をしたかというと、そもそも義祖母が はだか馬に乗れるのが自慢であるという話題が出たからだ。その義祖母の苗字が“小栗”なのだが、オグリキャップという名前の競走馬もいて、小栗姓は馬に縁があるらしいという流れだったか。

ちなみに義祖母は走る馬のたてがみをつかんでそのまま背にまたがり、暴れる馬の首に抱きつくようにして どうどうといさめて乗りこなしたという。なんの伝説だ。

で、ここが源流。なんで義祖母の話が出たかというと、先日体調をくずし入院した義祖母が手術の末に無事退院したという報告が夫からあったからだった。よかった。

はだか馬もすごいが、今回一緒に長野の山に行った幼なじみの奥さんがすごかった。150メートルぐらい離れたところにいる鹿の足音を聞いたのだ。

滞在したのはわりと標高の高いところで、野生の鹿がよく出る。時間があいたので動物関係の仕事をしていて動物が大好きというその奥さんも夫婦で勇んで鹿を見に行った。とはいえ、鹿も用心深い。狙って見られるものではないと思う。会えたらいいねぐらい送りだしたら、しばらくして「鹿、いたいた!」と帰ってきた。

山の中(とはいえ整備された車道)を散策している途中、ふと歩みをとめて「足音が聞こえる……」というので静かにしたところ、ずいぶん離れたところから鹿がヌッと出てきたそうだ。

狩人だ。

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