2009/11/17

お金をください

前回のこちらの日記で、ドンジャラの類似商品「ジャラポン」を妹の過失によりだめにしたところ、祖母が新たに新しい「ドンジャラ」を買ってくれたということを書いた。

それで思い出したのだが、当時、祖母は本当に豪儀だった。私が子どもの頃まさにバブル全盛という時代で、商売をやっていた祖母は相当にもうかっていたらしい。

祖母は私にもかなり贅沢をさせてくれたようだ。暖色系のボーダーのイブサンローランのシャツを着て幼稚園に行っていたことをおぼえているし、ぺらっとした小さな私のシャツのタグに8000円と書いてあるのを見て、こんな値段設定があるのかと子ども心にどきどきした。

買い物が好きで、特に人に物を買い与えるのが好きだった。とにかく、私や妹弟に常に何かを買ってくれようとしていた。今思えばそんな子ども本当にやだなと思うのだが、祖母のうちに遊びに行くと連れて行かれるのは日本橋の高島屋だったのだ。移動は全部タクシーだった。私は多分、一生分のタクシーを子ども時代に乗りつくしたと思う。

これも前回の日記に書いたとおりだが、ただし私はなんだか時代遅れで汚い子どもだった。サンローランの服を着て行ったのも、お嬢様園などでは決してない普通の普通の幼稚園だ(そもそもお嬢様園には制服があるか)。バランスがあからさまに変。せめて私が顔ぐらいは洗う子だったら! いや、だめだ、顔だけじゃだめだ。全身洗わないと(ちなみに全身ちゃんと洗うようになるまで、子ども時代から20年かかりました)。

今でもよく思い出すのは、祖母が発売されたばかりで手に入らない状態になっていたゲームボーイをほうぼうに電話してようやく1台デパートに予約してくれたときのことだ。特に私がリクエストしたわけではないのだが、とにかく大人気ということをニュースなどで聞いて手配してくれたのだろう。

勇んで私に電話をくれたのだが、なんとあろうことか私は「いらない」と言ったのだ。

というのも、母が祖母の贅沢をかなりきびしく規制していた。娘や息子を甘やかしてはいけないという気持ち、親になったいま私にも強烈にわかる。

聞き分けがいい私は(そういえば、生まれながらの性格なのか何なのか、私は本当に不器用に不必要に聞き分けがいい)祖母よりも母のいいつけをよく聞いて、祖母の贅沢には遠慮がちだった。母に対して、私はゲームボーイを欲しがらなかったことでかっこつけようと思ったのだ。

あのときの、祖母の落胆はすごかった。「よそんちの子にやっちゃうよ!」などと言ってしょんぼりしてちょっと怒っていた。結局、ゲームボーイは電話を代わった妹が買ってもらえることになったが、妹はまだ小さかったのでやはり祖母は私に買いたかったのだ。

そうして、ずいぶん時間をかけて母に遠慮しながら祖母に贅沢させてもらうというコツをつかんだころ、祖母は死んだ。

バブルもはじけて祖母自身もそんなにお金が使えなくなってきた頃だったらしい。「お金ないからどうせ生きてても生きてないみたいなもんだったんじゃないか」と母や叔母は言っている。

死ぬ前の冬にコートを買ってもらった。私が贅沢するようになって、祖母はすごく喜んでいた。「来年も買ってやるからな」といって笑って、私は贅沢な人がコートを毎年買うのを知った。

私は祖母が大好きだった。墓参りに行くと思うとちょっとわくわくするのだから、やっぱり相当好きだったんだろうと思う(というか、今も大好きだな)。

しかし、毎年コートを買うとかもう本当無理だ。たまに、祖母のことを思って私は「お金をください」と祈る。祖母は私にとって、お金の神様みたいな感じになってる。

子どもとの近頃

お風呂場でふと水を飲んでテンションが上がっていた。全身使って「おいしい! おいしい!」といっている。そういえば、子どもの頃風呂場で飲む水は確かにおいしかった。

それで、どれと思って飲んでみた。「おいしい?」と聞かれて「うん」と答えたが、正直普通の水道水だった。

子どもにだけ見える妖精みたいなもんなのかもしれない。風呂場の水。

|

2009/11/10

ゴミ捨て場でファミコン「火の鳥」を拾った時代

私は幼稚園から小学校5年生の2学期まで、神奈川県の相模原市にいた。マンション住まいで、今もそのマンションには今も仲の良い当時の幼なじみが住んでおり、先日久しぶりにその地をたずねた。

引っ越してから20年。一度、15年ぐらい前にも訪ねてはいるのだけどほとんど覚えていない。ほぼ、20年ぶりという感じ。

ほとんど変わっていなくて驚いた。だいたい土地というのは「うわあ、この辺りもずいぶん変わったなあ!」というものなんじゃないのかイメージ的に。いやでも、商業地域でなければ、基本的にはどこもそうは変わらないものなのかもしれない。

駅から道を行くごとに、どばどば詳細が思い出される。

まず最初に、ふーさん(という友人)の家を発見した。よく遊びに行ったときのままだった。ふーさんは水泳が得意な女の子で、一人っ子だった。いつもきれいなお母さんが水泳教室に同行しており、一度私もついていかせてもらった。生暖かい保護者用の見学スペースで、ふーさんのお母さんにフライドポテトを買ってもらって、食べながらプールのふーさんを探した。

道を歩きながら興奮してでかい声でふーさんの思い出を話し出したもので、一緒に来てくれた夫や子どもを圧倒した。

ちなみに、ふーさんが買った「パンプキン」と書いてある自転車が大ブームになり、そうだ、私も親にねだって買ってもらったのだった。私は赤のだった。ふーさんのは何色だっけな。

マンションが見えてくる。広くあけっぴろげだったゴミ捨て場は駐車場になっていた。

あ!

そうだ、私はこのゴミ捨て場で「火の鳥」のファミコンソフトを拾ったのだ。それは未発売のソフトだった(どうやって未発売なのかを知ったかは覚えていないのだが)。ちょっと興奮したが、近所の中学生のお兄さんのところに持っていったところ筋ケシとトレードということになって終わった。

なんでゴミ捨て場に未発売のファミコンが落ちていたのかはともかく(ともかくでいいのか)、うっかり金ケシと交換になったときの無感想な感情はなんとなく覚えてる。うちにはまだファミコンがなかったので残念でもなかった。筋肉マンにあんまり興味がなかったので、クリボーの筋ケシ(というか、あの手のゴムの人形)をもらった。

マンションは塗り替えなどを経ながらも以前の形のまんま立っていた。そりゃそうか。コンクリートの継ぎ目のゴムパッキン(というのかな)部分でぶにぶにしたところがあり、子どもの頃よく押していたのだが、その感触も昔のままだった。ぎゅうぎゅう押すと、上の塗装がメリメリめり込んでおもしろい。

マンションの壁の下から10センチぐらいのところに点々と開いている排気口もそのまま。その排気口には、3歳くらいだった頃の三女が「タッチ」のドンジャラ(の類似品の「ジャラポン」という商品だった! そうだ!)の牌を全部入れてしまったのだ。ある程度は箸などで取り出せたが、結局全部は取り出せなかった。

ジャラポンに夢中だった私と次女は激怒だ。結局、祖母が新しく「ドラえもん」のドンジャラを買ってくれて丸くおさまった(そもそもタッチのジャラポンはドラえもんのドンジャラがなくて代わりに買ってもらったものだったで、超結果オーライだ。それにしても、当時の祖母はお金を持っていて母さえ許可してくれれば何でも買ってくれた)。

そもそも、外でドンジャラ(ジャラポン)をするからそういうことになるのだが、今だって子どもはみんな外で座ってDSやってるもんな。

とまあ、あふれ出す思い出はみんな楽しいもので、ちょっとほっとした。

実は最近、子どもを育てながら自分の子どもの頃の育ち方ことをどわーっと思い出していて、ちょっと不安になったりしていたのだ。

私は世の中の情報にうとく(テレビを見せてもらえない家だったうえ、兄や姉がいないので情報経路がなかった)、その上勉強もまるでできず(勉強することは誰からも強制されなかった)、運動も苦手で(特に球技はルールも知らない)、ちょっと変わった家で(夏休みにヤマギシズムの村に送られたり、父母のことをお父様・お母様と呼ぶ習慣があったり)、しかも不潔な子どもだったのだ(手を洗ったり歯を磨いたり顔を洗ったりという基本的な清潔観念がなかった)。

思い出せば思い出すほど困った要素しか出てこず、そりゃさすがに多少はみそっかすっぽい立ち位置だったりいじめられたり(でもあまりにも世間知らずなため、自分の状態が「いじめられている」状態であることが分からず、なんとなくおなかが痛いという理由で登校拒否になったり)した確かな覚えはあるけど、実際育った場所に行ってみたらあまり嫌な思い出はない。

なんだ、大丈夫だったんじゃんかよ、と思った。どうせ今まで全く忘れてたしなあ。

|

2009/11/02

まんがみたいに挟まれた

電車で帰ってきて駅に降り立ったら、向こうからボーイスカウトとガールスカウトの一団が一列になって歩いてきた(歩道が細いので、一列になるしかない)。

毛布をぐるぐる巻いて紐でまとめたものを持った若い男の人、金づちを持った男の子、おたまを持った女の子。なんでか、そのものを丸出しで持っているのだった。

ボーイスカウトやガールスカウトの人たちにはたまにしびれるほどのかっこ良さを感じることがあるが(※1)このときも大いにしびれた。なんでカバンにしまわないんだ。

※1 大晦日には近所の神社の参道を松明で照らすのだが、この火の番をするのがボーイスカウトの仕事で、どえらい寒い中を半そでで腕組みして火の隣に立ってたりしてすごいかっこいい。

週末、夫の実家に遊びに行ったとき。近所のショッピングモールの駐車場のエレベーターの扉に挟まれた。

ただ静かにゆっくり挟まれるのであればまあ笑いもおきない話なのだが、閉まり行く扉の間で私はパチンコ玉のようにガツンガツンと両サイドにぶつかって、ブルブルしたのだ。スーパーマリオでいうところのブロックとブロックの間に挟まれたスーパーキノコ(1upキノコでも)みたいな状態といいうと分かりいいだろうか。

夫はこれを見て大いに関心して、この後買い物や食事などしてから

「おれ考えたんだけど、マンガ的な表現というのは実はとても現実に即した表現なのではないか」

という考えを表明していた。「ほほう、確かにそうかのう」とひげをなぜるも、それってスーパーキノコみたいになってた私だけじゃないかしらね。

手術から今日で1週間、経過診察で良好との診断を受けまして今回の一連の通院はおしまい、ということになりました。

なんだか今回は大騒ぎしてずいぶん多方面にご心配おかけしました。もう大丈夫です。というか、そもそもそんなに大きな手術でもないのに、なんだかえらく騒いでしまったなあと反省しております。

近所の友人や会社の同僚から10年以上前の学生時代のサークルの先輩まで、たくさん連絡いただいてこんなことそう人生にはないよなという経験でした。ありがとうございました。

そういえば手術の翌日、医師によると「ぜんぜん大丈夫」とのことだったので会社で仕事してたら、出社してきた林さん(上司でデイリーポータルZの林雄司さん)が私を見るなり「やだっ! 古賀さん、今日は来なくていいのにぃ!」となんかオネエみたいな(正確にはもっと普通の言い方をしていたと思うんだけど、なぜかそう聞こえた)気の遣い方をしてくれて、えらくありがたい気持ちになった。

またがんばって仕事したり子ども育てたりします。

|

2009/10/26

3度目で手術

夫と子どももインフルエンザが完治して今日から久しぶりに出社、登園していきました。

私は延期になったと書いていた手術、あの後またもう一度延期になり、3度目の正直で結局今日受けてきました。

なんとなく、お祭りが終わったなという感じがしています。さあ、日常をやろう。

手術は入院もなく日帰りできて、手術自体も10分で終わる簡単なものなのでした。

そんな簡単なものなのに(いや、実際は短時間でお医者さんは簡単ではない大変な作業をしてくれているだと思うけど)手術という言葉はやっぱりこう、重厚感がある。

今日は「手術!」という言葉は重く、けれど自分の行動は軽く、どこか はてな という気持ちだった。

何も食べずに朝家を出、術前処置をしてから病室でごろごろ4時間。
全身麻酔で手術。
術後すぐに麻酔からめざめて15時。
おなかぺこぺこで看護師さんの「おにぎりが出ますよ」の言葉で今年いちばんのおにぎり待ち。
出てきたおにぎりの小ささに唖然とするも、しみじみおいしくいただく。
そのまま清算して退院。
雨が降ってたけど、手術と入院費がえらい高かったのでタクシーはやめて電車で帰る。
帰ってきて、息子を保育園に迎えに行って、ご飯を食べて、今日はお風呂は禁止なので子どもともども入らずに、いま(子どもは寝た)。

なんか、普通だ。もっとなんかなかったのか。

実際、手術が2回延期になったことも劇的に緊張感を抜いた。当初は病院へは実家の母が迎えに来てくれる手はずで、術後は2日間安静の休みをとっていた。

でも、実際そこまでするほどの手術でもなかったそうで、手術っていってもいろいろあるんだのう、とひげをなぜております。

そして、悲しい手術でしたが、元気出してがんばろうとただ単純にそう思っとります(「元気出してがんばろう」って言葉の平たすぎてかみしめようのなさに逆にはっとする)。

と、終わったに見せかけてまた手術のはなし。

全身麻酔を受けたのははじめてだったのだが、どうも麻酔が効きにくい体質のようで術中なんどか目覚めたらしい。確かに、術中は漠然となにか痛くて「イタタタタ!」って叫ぶ夢を見ていた気がする。あれ、本当に痛かったのか。手術を待つ間、手術室の隣の部屋に分娩を控えた妊婦さんがいて いきみ逃しをしていて、それこそ「イタタタタ!」って言ってたのが印象に残ってたからかもしれない。

看護師さんに、術中目覚めたときの私の様子を聞くと「寝てて大丈夫ですよって声をかけると『ハイ』っていって寝てましたよ」とのこと。なんだかやけに聞き分けがいいな。

術後も終わったとたんに目覚めて、ぼんやりしている中で看護師さんに「え、もう目覚めたの。お酒、強いですか?」と言われ(そういう人は麻酔が効きにくい傾向にあるらしい)「いや、弱いです。でも大好きです」と答えたのは覚えている。聞き分けがいい上に素直だ。

怖い手術室だった。怖かったからいい子に素直にしていたのかもしれない。

受けたのは婦人科の手術だったので開脚する手術台に乗ったのだが、これがもう私のイメージには廃院しかないような古さだったのだ(お産に関しては大変に人気があるらしい病院なんだけど)。怖くて、泣きそうになった。何か物質が怖くて泣きそうって、大人になってからはもしかして初めてじゃないか。

手術の話は以上です。それにしてもおにぎりがおいしかった。

こどもとの近頃

インフルエンザにかかった子ども、熱が下がった後も感染させるおそれがあるため外出ができない日が続いたので、いろいろとDVDを借りてきては見せてやっていました。

今のところ、家にあるDVDで息子が一番好きなのはロシアの人形劇の「チェブラーシカ」なのだが、なんだか「『チェブラーシカ』が一番すき」って、そんなセンス良さげなのはどうよ、身分不相応なのではないかと(なんの身分だろう)と妙な居心地の悪さのようなものを感じていたのだった。

今回「セサミストリート」の長編映画(そういうのがあるのだ)をレンタルしてきたのだが、妙な懐かしい(80年代のキャラクターブーム)気恥ずかしさとあいまって、私としては、あ! これじゃないのか? という気になっています。子ども的にも、鼻歌でビッグバードと一緒に歌ったりしているので、ちょっとこの線を押してみようか。

でも結局、子どもと一緒に見るのに居心地がいいっていうと本当にNHKの教育テレビが完璧にすごいんんだということにもまた気づく。「おかあさんといっしょ」以外は基本的に親が見ても面白いし、ずいぶんあかぬけてる。

|

2009/10/21

手術延期に

前回、私が手術をすることを書いたら続々と友人からメールがよせられて泣きました。こんなに友達いたのか私! 正直びっくりした。正直びっくりした。2回書きましたがなんならもう1回書いてもいいぞ。正直…もういいですか。

近所に住んでるんだし買い物買って持ってくからと具体的なサービス内容まで送ってくれたり、池尻から念を送ってくれたり、武蔵野からハンガーをかざしている自分の写真を送ってくれたり(「ハンガレ」→「ガンバレ」だとのこと)、ああ、携帯メールってこういうときに使うもんなのかとはっとなりました。

実は私はあまりちゃんとした友達がおらず、ほら、たくさんいるけど、あんまりいないっていう。ああいうあれなので、友達については自信がいまひとつ持てない人生だったのだけど、なんか、あー、でもそういうあれでもいいんじゃん、という気持ちになっておりんす。

で、そのようにみんなに応援をいただきまして、自分でも覚悟をきめにきめまくっていたのですが、手術は見送られたのです。

息子がインフルエンザに罹患しており私も感染の可能性があるから、というのが理由のひとつ。で、もうひとつはそもそも「手術の必要、ないかもしれねっす」って。

なんとまあ にんじんぬいたら ねっこのひげが のびほうだい(「ぐりとぐらのあいうえお」より)

絵本を引用してしまうくらい「なんとまあ」な事態が起こりまして、そういうわけで、もしかしたら手術はしなくてもすむかもしれないようです。

とりあえずよかったです。ハンガーかざしてもらったり、念を送ってもらったおかげだと本気で思った。本当に。

しかし、そんな背後で息子を懸命に看病していた夫が感染してインフルエンザになったのだった。

でも、タミフルが効きまくってふたりとも丸一日でほとんど解熱したので、この話題はさらっとです。

こどもとのちかごろ

いよいよテレビに出てくる芸人さんのギャグをでかい声でまねするという「うわあ、子ども!」というそぶりを見せ始めた。

今のところのもちネタは「ごめんねごめんねー(U字工事の右の人の)」と「だいじょぶだいじょぶー(小島よしお)」の二つ。

この手の言い方は本当に何度も書いてるけど、発言やしぐさを見るにつけ、ああ子どもだ、子どもがうちにいる、としみじみ思う。

お店屋さんごっこが最近好きなようで店員役として丁寧語を使って喋ったりもしているのだが、すごく語尾がまんがだ。

「いらっしゃいましぇー! いらっしゃいましぇー!」
「ひゃくえんでしゅ!」
「こうやって、つかうんでしゅ!」

本当にまんがに出てくる赤ちゃんの語尾みたいになってる。そういや、0歳の赤ん坊の頃も本当に「あぶあぶ」いうので驚いたことがあったな。

|

2009/10/19

デジカメとか壊れる

ちょうど10年くらい前、わりと大きな失恋をしたとき、持ってるものが片っ端から壊れた。家電はもちろん、ヘッドホンの軸が折れたのだ。普通折れないだろうあれは。体も10キロ痩せて、体脂肪率が15%くらいまで落ちた。基本的に中肉中背の私にとっては結構な減量だ。

今週末、ちょっと同じようなことが起きた。
夫が風邪を引き、
私の手術が決定し、
息子がインフルエンザにかかったのと同時に、
デジカメの液晶と、
洗濯物干しが壊れたのだ。

そういうときがあるんだなと思う。今回は、私の手術がちょっとショッキングなタイプのもので、世間的なものさしで見ると10年前の失恋なんかよりぜんぜん悲しみの度合いは大きいかもしれない。

でも、だからもっと色々壊れるんじゃないかといいうと、そうでもないのだった。
夫はほっとけば1日中寝ていられる人なので、わりと重そうな風邪だったものの短期間でやっつけた。
子どもは昨日発症したばかりでまだまだ辛いところだけど、嘔吐や下痢といった症状もなく、食欲も一切落ちず(これは本当に特技だ)がんばってくれている。

なんだか今回は、身の回りのものについてもデジカメと洗濯物干しのほかに壊れる予感がもうしない。
あのときは、もうどんどんどんどん壊れて、あ、こりゃだめだと思ったが、今回はもうこれで終わりだろうという気がする。

普通のもの言いになりますが、病気をしているけど家族が優しい。仕事の人たちもとても優しい。なんといいますか、ひじょうに守られてる感じがします。

こういうとき、10代とか20代前半の頃なんかより本当に生きやすくなっているなと思います。格段に格段に格段に。

私も明日の手術、がんばろう(お医者さんが)。

そういや、前々回は長靴が壊れてるし、なんだか景気が悪い流れにはなっていたのだな。

次回は景気よくサーティーワンでトリプルを食べた様子でもお送りしようと思います! と、思って今しらべたら、トリプルって普段はやってないみたい。家でやるか。アイスすくうあの丸いカパって機械(アイスクリーマー?)ならあるし! そういや、なんでアレがうちにあるんだろう。運命ですかね。

|

2009/10/11

とぼとぼ と まぜまぜ

夫と子どもが20時に寝てしまって、唐突に現れた自由時間にどうしていいか分からずうろたえている。

そんな「突如現れた自由時間にうろたえる」ってすごくサザエさんとかで描かれるお母さんぽくて、それにまたうろたえるという、うろたえスパイラルですこんばんは。

というのも、友人宅へ遊びにいったところおいしい食事とお酒で大変にもてなしていただき、家族全員で飲んで食べまくったのだった。飲んで食べまくると我が家の住人は容赦なく早く寝る。20時でもずいぶんもった方だと思う。

家族といえば、前回夫の「あっぷっぷ」の写真を掲載したところ本人が「青森のねぷたみたいだ」といっていて、あ、これはずいぶんうまく表現したなと関心した。さすが自分の顔。

なんだか最近からだに不調があって通院しているのですが、これでちょいちょい(私にとっては)高額のお金が消えていきげんなりしてしまう。お金がかからない予定の診察にも、不測の検査などでサプライズ課金があるのが見逃せない。

病気とか怪我とかやると多かれ少なかれ精神的にも「あーあ」という感じになるのに、私はどうも住宅を購入してから貧乏性になってしまったようで、持っているお金が少なくなることで精神的打撃をうけやすいものだから、もう病院帰りの様子は「トボトボ」そのものだ。

病院から最寄り駅の間が15分くらいあるのだが、15分間超トボトボだ。誰も見てないけどトボトボショーだ。

こんなときは音楽が人生を救うのだろう。ここ最近普段まったく音楽を聴かないのですが、久しぶりにiPodを充電しています。

子どもとのちかごろ

一緒に湯船につかっていた。まだ小さい私の子はしゃがむとおぼれてしまうので基本的に立ったまま入浴している。だいたい、胸の下くらいまでが漬かっている。

私が体育座りの姿勢で湯船の半分をつかい、残りの半分でバケツだの小さいゴムボールなどを使って遊んでいたのだが、なんのはずみにか、両腕を斜めに広げ、傘のような「A」のような姿勢になった。

そして、それぞれの腕を、円を描くように回して言った。

「まぜまぜ」

確かに浴槽の湯は混ざった。

ちかごろ、保育園などの安全な場所だと一緒に階段を降りてくれない。仕方ないので私は先に下に降りて待っている。ぼんやり待っていると、なにか物足りないのか「ばんがれっていって」と頼んでくるのだった。

「ばんがれ」とは、おそらく「がんばれ」のことだろう。そりゃいつだって自分の子のことは全力で応援したい。言葉にするのはやぶさかではない。がんばれー! がんばれー!

そうして応援してやると、息子はふんどしを締めなおすような真剣な顔つきになって階段を降りてくる。「がんばれ」ひとつで本当に頑張れる人がいた。

「がんばれ」って言葉は一時期なにかあまりよくない言葉として言われることがあった。精神的に不安定な方にむやみに「がんばれ」というとかえって追い詰めてしまう、など。その話を聞いたときはそれは気をつけねばと思ったものだが、場合によってやっぱりちゃんと「がんばれ」って言葉には励ます効果があるんだな。

|

2009/10/05

納豆を一万回混ぜた人

デイリーポータルZで「納豆を一万回混ぜる」という記事を書いたのは、もう4年以上前のことになる。タイトルのとおり、1時間40分かけて納豆を一万回混ぜたレポート記事だ。

デイリーポータルZに記事を書くようになって2年半が経ったくらいで、ちょうどネタにも窮していたのだと思う。何か奇異なことをしてやろうという意欲や単純な好奇心というよりも、ただただ思いつき一発でやってみたくらいの感じだった。

これがまさか公開直後で10万PVをもらうヒット記事になって、デイリーポータルZのライターとしての私の代表作になるとは思いもしなかった。今文章を読むと、文章技術がいまよりさらに低かったということもあってか、反省点もとてもとても多い。

この「納豆を一万回混ぜる」という思いつきはネット的でかつテレビ的でもあったようで、直後からいくつかのテレビ番組で取り上げられたようだ。

ほとんどは私の知らないところで放送されてあとで聞いて知って、「パクられた!」とかいいながら、でもニヤニヤ嬉しい思いをしていた。

取り上げることについて連絡をもらった例では、一度「徹子の部屋」の記念番組で放送させて欲しいと話があったことがある。それはぜひ、と、要望に沿う形で私の顔写真や混ぜた状態の納豆の元データを送ったのだけれど、残念ながら企画が倒れてしまって放送はされなかった! 本当に残念すぎる。

このところもまた、深夜芸人さんが出演されるという番組で取り上げたいというお話を、人を介していただいた。デイリーポータルZのクレジットも入れてくださるとのことで、こんなにありがたいことはない。

話は進んでいたのだが、ちょうど私が子どもの病気で会社を休んでいるタイミングで「なるはやで、記事中の納豆を混ぜている経過の写真の元データをもらえないか」という打診があった。

テレビに映るならぜひとも差し上げたい。でも、枚数が多いため渡すだけ渡してテレビっぽく編集されちゃうのもつまらないなあという私の貧乏根性もありつつ、結局は物理的に「なるはやで」画像を用意することが難しいこともあって、画像の提供はなくなった。

そうしたら、なんだか結局デイリーポータルZをクレジットしていただくことができなくなってしまったそうだ。私が直に番組の制作会社の方とやり取りしていたわけではないのだが、理由として、

1.番組中に納豆をまぜることについて取り上げる時間が短くなったため
2.納豆を一万回まぜる記事はネット上にデイリーポータルZ以外にもあり、デイリーポータルZがオリジナルであるか分からないため

というのがあげられたという。人を介していたので、実際どんな言葉で言われたかは分からないけれど、そのように伝えられた。

がーん!

がーん!

がーん!

特に「2」はちょっとショックで、今日思い切ってここに書いてしまいましたよ。

それにしても、結構本気で受けたショックが

「自分が、納豆を1万回かき混ぜて記事にした最初の人だと認めてもらえなかったから」

というのはなんだかマヌケで、冷静に考えればそのどうでも良さに気づいて腰がくだける。

でも、私がやらなくてもそのうち誰かしら納豆1万回ぐらいかき混ぜてるよな。いや、記事にして公開しなかっただけで、納豆1万回かきまぜた人くらい歴史上でいただろう。いや、いたか? 納豆が発明された当初ぐらいの昔だったらいた気はする。

「1万回混ぜたけど、ありゃ時間かかっちゃってだめだわー」って。

こどもとのちかごろ

「にらめっこ」のルールを覚えたようだ。

以前までは「わらっちゃまけよ、あっぷっぷ」といって相手(夫や私)が変な顔をするとすぐ笑ってしまっていたのだが、最近は笑うことが負けであるということが少しずつ分かったようで、自分もオーソドックスな「あっぷっぷ」の顔(頬を膨らます)を作って対抗している。

正直、「あらまあ、かわいいねえ」という顔で笑うには値しないのだが、こちらの変な顔にほとんど屈しなくなっているのにはやるなと思う。

特に夫は顔のパーツが私以上に大きく作りも濃いため、人によってはかっこいいといってくれることもあるが、変な顔をしたときの威力がちょっとハンパないのだ。

なんというか、「龍」とか「鬼」とか、そんな感じ。顔全体がスカジャンの刺繍のような様相になる。結婚式の写真では汗でてかって凹凸が強調され、顔面が職人の作る飴細工のようになっていてあれは見事だった。

夫の顔で今後も訓練を積み完全に笑わないようになれば、うちの子はあっぷっぷに関しては英才教育を受けた秀才であるといえると思う。

Niramekko

|

2009/09/30

長靴のかかとが箱だった

今日は緊急地震速報です。

長靴が壊れた。

せっかくだから、もう一度書こう。

長靴が壊れた。

私以外の人にとっては緊急でもないし、ましてや地震でもないニュースだが、私にとってはもうほとんど緊急地震速報クラス、いや、クラスとかそういう比喩表現じゃなくてもう緊急地震速報そのものだこれは(違うけど)。

なんだ長靴が壊れるって。ほとんど買ったばっかの長靴が、壊れるってどういうことだ。

靴ってのはだいたい履き古して捨てるものじゃなかったのか。それが、壊れるって。昭和の押し売りで買ったのか私は長靴を。もうごりごりに倒置法だ。押し売りで買ったのか私は長靴を。

歩きながら、なんだか左足がふにゃっとするなと思ったのだ。かかと部分がやや高くなっているタイプの、ローヒールブーツ風の長靴なのだが、会社からの帰り道、電車の乗り換え駅でそのかかとの部分が破壊しているのに気づいた。

かかと部分が破壊しているので、着地がふにゃっとなっていたのだ。

なんと、四角いゴムでできていると思っていたかかとの部分は中が空洞になっていた。私がかかとだと思っていた四角いゴムは、かかとではなく、四角いゴムでできた箱だったのだ。

上げ底のお土産か私の長靴は。じゃなけりゃあれか、欠陥リフォームか。

確かに安い買い物ではあったが、ネットなんかでよく見る激安なものよりはある程度お金は出したはずなのになあ。そういうことがあるんだなあ。

かかと以外はまるきり問題ないので、とりあえず修理のお店にもって行くことにしようと思います。店の人が「うわ、なんだこれかかと箱じゃん」って思ってくれたら、まあそれでいいか。なんか面白いから。

こどもとのちかごろ

なんでも「自分でやる!」という時代が到来している。服を着るのも、イスに座るのも、歯を磨くのも、寝るのもとりあえず「自分で!」といっている。私の家ではベッドじゃなくて布団制度なのだが、布団を延べるのも自分で全部やらないと気がすまないようだ。

敷き布団マットを敷いて、上に敷き布団を敷いて。子ども用の布団はないので大人の布団を並べて使っているのだけど、私が押し入れから布団を出すだけ出すと、引っ張って敷いている。

この、小さな体で大きな布団を敷く姿が、これ以上なく「せっせ」という感じなのだった。

様子を書き表そうとすると、もう「せっせと布団を敷く」としか書きようがない。布団を敷くと、ちょっとシーツのしわを直したりして、「せっせせっせ」だ。こんなに「せっせ」している人は多分始めて見た。ああ、こういうときに使うんだのう「せっせ」って。と、ひげをなぜながら見守っています。

あと、6月に買った子どもの長靴はもうサイズが小さくて入らない。あっちもこっちも長靴八方ふさがりだ!(二方だけど)

|

2009/09/25

消耗品ほしい

今日は算数のように最近のことを振り返ろうと思います。

テレビのリモコンの電池はまんまと夫がしびれを切らして取り替えた!(効きが悪くなっているので夫が代えてくれるのを静かに待っていたのだ)+腰をねじって痛くした…=0

友達に子どものオムツの余ってるのを大量にもらった!+夫の友達も子どもの余ってるオムツをくれるらしい!+仕事でうっかりミスを多発したり、言わなくていいことを言ったりしてしまった…+友達と偶然会えたのに、ちょうどお腹がすいて頭に血がまわらず適当な話しかできなかった…=0

母がお米をくれるという!+なんと義母もお米をくれるという!+腰をねじったのを医者付きの整体にかかったら、病院の治療費と含めて整体が保険外で9000円とられた……=0

ほら、なんだかうまくできてるよ! そして、オムツをもらうことで自分の人生のいろんなことがカバーできていることに気づく。仕事のミスまでカバーできてることになっているのは自分としてもやりすぎかと思うが、それぐらいの力があるのだオムツには。

そういやうちの子はもう保育園ではオムツは外してもらっているのだからちゃんと家でも外す努力をしなければならないのだが、オムツをもらうどうにも嬉しくわくわくするのだった。消耗品は全般もらうとすごく嬉しい。子どもの頃、近所の自治会のイベントとか運動会の父兄競技とかの参加賞としてラップとかジプロックが配られていたが、その意味が今なら痛いほど分かる。あれ、超うれしいのだ。

子どもとの近頃

テレビで子どもが空手をしている様子が放送されて、触発されたように「やー! やー!」と適当に手足をぶんぶん振っていた。

ぶんぶん振って、そのうちそれは空手なのか何なのか、ぐるんぐるん両手を振り回したりするような格好になり、いつのまにか片手がグーに、もう片手がチョキの手になっていた。

はっと、その手の形に気づいたようだった。ぶんぶん手を振り回すのをやめ、ゆっくり、チョキの上にグーを乗せて、いう。

「でんでんむしむし」

うん、そうだね、でんでんむしだね。

細かすぎるモノマネ、という、モノマネ芸のジャンルがある。我が家でも息子が今一生懸命に覚えているその手のモノマネがあるのだ。

「大きなかぶ」という絵本の、最後のページの「孫」の真似だ。

大きなかぶが、ようやく抜けてやったね! という登場人物たちが描かれているのだが、女の子である孫はかわいらしく拍手しているような形で手を胸の前に出している。「小さく前へならえ」のポーズというと分かりやすいか。

どういうことか、そのまねの練習にとても熱心だ。「こう!」「こうやってやってる!」と。情熱の出所がかなり分かりづらく悩んだ。

最終的にとても上手にポーズはとれて、私が大笑いしたら満足したようでした。

|

«1日が短くなった