2018/02/05

移転しました

続きはこちらで!

http://mabatakiwosurukarada.hatenablog.com/

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2018/02/03

ファンシーなキャラクターだが母と生き別れである

すみっコぐらしのことはなんとなく見聞きはしていた。

小4の息子の学校の保護者会で先生が宿題の確認スタンプやシールはすみっコぐらしかなめこがあれば男女問わずだいたいの児童が納得するとおっしゃっていて、先生の統治力を思い知るのと同時にすみっコぐらしの名もはじめてしっかりと意識したように思う。

よく知らんがそんなに人気なのか…。という思いであった。

そんなすみっコぐらしという文化を我が家へもちこんだのは小1の娘である。この正月休みに親戚にねだってキャラクターものの雑誌を買ってもらっているなと思ったら、目当てはふろくのすみっコぐらしトランプであった。

トランプは1枚1枚に違った柄が入っている。数字の札には小さなカットが、ジャック、クイーン、キングの札には全面にイラストがプリントされている。

このなかで一番かわいい札を選ぼうと娘が言うので私もうでまくりして1枚1枚丁寧に見ていた。確かにかわいいなこれは。しかしこのレベルのかわいさであれば既知のもののようにも感じた。

そうして油断して札をめくっていたがあるところですごいイラストがあったのだ。

キャラクターのひとり(一匹か? キャラクターのモチーフは人間ではない)が泣いているのである。

なにか不和があって泣いてしまったとか、失敗して泣いているのではない。キャラクターがみんなで寝ているイラストで、寝ながら泣いているのだ。

おおおおお……?? なんか悲しいことでもあんのかな!?!?

あわててキャラクターの設定を調べてみると「とかげ」というキャラの設定が「母と生き別れになった」というものだったのだ。泣いているイラストも恐竜を思って泣いているという描かれかただったが、その恐竜がお母さんということのようだ。

なんなんそれ!?!?!? 重くない!?!?!?

どういう流れかはわからないのだが生き別れになった母とは「のちに再会した」という設定になっているらしく、その再会シーンはマクドナルドのハッピーセットにすみっコぐらしのおもちゃが登場した際に模型になったそうだ。

知らんがよかった! 再会したんだ!

しかし考えてみたい。

すみっコぐらしは原作にマンガやアニメがあるわけではない、純粋にキャラクターグッズを販売するために生み出されたキャラクターである。なのでグッズには「母と生き別れになった」キャラクターが「その後再会した」ということが文脈としてあらわれない。

なのでトランプにも「生き別れの母がいる」状態でのイラストがプリントされるのだ。

「後に再会する」設定だということはわかっているのだがなんだかちょっと不安である。

母が恐竜なのになぜ「とかげ」なのかというと、実際は恐竜なのだがそれが知れると捕まってしまうので(誰に!?)とかげのふりをして現世を生きているということであった。

重ね重ね不安…!

……それで、すっかり好きになってしまったのだった。

最近はその「とかげ」が母である恐竜のぬいぐるみをうれしそうに抱いているというイラストを見た。

エモすぎか。

*****

2018年今年もよろしくお願いします。

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2017/12/08

「ヘボコンは成熟も疲弊もしない」

この記事はヘボコンAdvent Calendar 2017の8日目の記事です。

「ヘボコン」とは、技術力が低い人限定のロボットコンテストのこと。ご存じない方は絶対知ったほうがいいのでまずはこの動画からご覧ください

会社でヘボコンマスターの石川大樹と席がとなりという縁がありぼちぼちとヘボコンの運営を手伝っている。

大きなイベントの準備の際にマスターの悩みを聞いたり、地方へ巡業するときにマスターがひとりぼっちだとさみしいだろうから現場へついていってでかい声で盛り上げるくらいがその作業内容である。

そもそもヘボコンは大好きだったのが出場の機会を得ないまま中の人になってしまった。選手歴はないがだからこそヘボコンをおもしろがって眺め続けられているのかもしれない。

ヘボコンの未来を考えるときいつも「一周まわるとどうなるのだろう」と思う。ある文化が成熟すると次のステージへ行く「一周まわる」という現象があるが、ヘボコンが一周まわるとどうなるのだろう。

2014年に初回が開催されたとき、いきなり「電車にロボットを置き忘れ捜索するも見つからず、諦めてその辺でビール飲みはじめたので欠場」という猛者があらわれた。

開催3回目とか4回目であればそういったことも起こり得るのかもしれないが、初回である。

まずはロボットのにへぼさがあり、次に人のへぼさがあるというのがヘボコンにとってきれいな段階なはずなのだが、ヘボコンでは初回ですでにロボット以上に人の行動がへぼい。しかし、そうするともうこの先にはなにもないのではないか。

ヘボコンと同じくデイリーポータルZが開催する「地味ハロウィン」というイベントがある。これは10月のハロウィンにいわゆるちゃんとした仮装とはみなされないレベルの仮装(たとえばスターバックスの店員だったり、街のティッシュ配りだったり)をしておもしろがろうとウェブマスターの林雄司さんがはじめたものだ。

初回がヘボコン同様2014年。その後、毎年回を重ねるごとに関係者の中で冗談のように言われるのが「そろそろ一周まわって『ハロウィンでゾンビの仮装で浮かれる人』の仮装をする人があらわれるのでは」ということだ。

一周まわった結果ふつうのハロウィンになってしまうのではないかと。

今年もそんなはなしをしていたとき、テクノ手芸部のよしださんが「そうじゃなくて今年あたり『スタバの店員』くらい普通の地味ハロウィン的な仮装がが見直されるんじゃないですかね」と言って、あっ!となった。

「一周まわる」を考えたときつい螺旋状に物事が進行するパターンを考えてしまっていたのだが、その場をぐるぐる周回し続けるパターンもあるのだ。むしろそれこそが「一周まわる」正しい状態かもしれない。

そう思ってヘボコンを考えると、一周まわった結果普通のロボコンになる可能性はむしろ最初からない。だってもともとロボコンをやりたいのに技術力がなくてできないからやっているのがヘボコンなのだ。地味ハロウィンが普通のハロウィンになる以上に無理ははなしである。

それで思い出したのが今年の9月に行われたヘボコン佐久大会である。

この大会ではタレントでエンジニアでもある池澤あやかさんが取材を兼ねて参加してくれていた。タレントさんとえば垢抜けた状態であることをなりわいにしている人だろう。実際池澤さんはいつ何時どんな表情をしても画になってさすがプロと思わされた。

しかし作ったロボットはすごいのだ。表面をおおう粘土に草みたいなものが練り込まれてボロボロしている。苔玉のようなテクスチャにしようとしてうまくいかずそうなったのだという。ヘボコンによくある期せずして呪詛っぽくなってしまっているやつだ。

垢抜けのプロのはずがロボットを作ってみたときの垢抜けなさがすごい。

さらに同大会では小学生の女の子の出場者がお姫様を模したロボットを作り自身もプリンセスのそれはもうかわいらしいコスチュームで登場してくれたのだが、あろうことかロボットを椅子に置いておいたところ試合前にうっかりその上から座ってしまい壊していた。

どういうことなんだ。

ヘボコンは3年目にしてまだまだへぼさにぬかりがない。人間のへぼしろときたら無尽蔵である。これからが本番だという気概すら感じる。

続けるうちにヘボコンは文化としての成熟や疲弊をむかえ一周まわる。しかし人間のへぼさはその周回をうわまわるのだ。

人間はそもそもへぼい生き物である。いま一番やばいことがシンギュラリティというのはいかにも人のへぼさの結晶だ。

シンギュラリティにあわてている当面は人間は人間が思っている以上にへぼい。未来は輝いている。ヘボコンは安泰である。

ヘボコンAdvent Calendar 2017、明日の担当は福岡の「つくると」というイベントでヘボコンを開催している優しくてたのもしいMiho Yamadaさんです! たのしみー!

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2017/11/21

おいしさを盛らないで

私はおいしさを盛った状態のたべものが苦手なのかもしれないです。

盛るというのはたとえば蒸した芋にたっぷりの砂糖とバターを混ぜて焼くとか。

いや、芋だけでおら十分っす、十分つーか、芋だけがいいんっすとそう思うんです。

そういう芋にたっぷりの砂糖やバターを加えた「盛った」状態に対して「身に余る贅沢」だとよくいってきたんですが、もしかしたら身に余るとかそういうことではなくて、単純に盛れてない状態が好みなんじゃないかなと思えてきました。

実家の母がいわゆるフード左翼で、正直私はかんべんしてくれと思っていました(恥ずかしながらさみしがりだった小学校低学年のころ1人新幹線に無理やり乗せられヤマギシ会の夏合宿的なものに送られたのが本格的にきつかった)。

しかし現状盛ってない食べ物に好みが合うというのは、結果的にフードが左翼の教育の結果なのではとびびります。素材の味を~みたいなやつ。

先日。
息子が寿司に醤油をつけずに食べてました。

私「……まさか……素材の味を……?」
息子「……(うなずく)」

いや寿司職人も醤油はつけろというと思うよ!? というかここ華屋与兵衛だし! お寿司屋じゃないし! と思ったんですが、そういうことじゃないらしい。

息子はいま小4なんですが、もうちょい幼少のころ、素材の味を楽しみたいからと卵かけご飯にも醤油を使わなかった事があったんです。どうもそういう質みたいなんです。

そのときは途中であきらかに箸が進まなくなったんで、タオルを投げるように醤油をかけたんです。そしたら「ごめん、おれが間違ってたよ」みたいな感じでまた食べ始めたのですが…。

でも寿司は全貫醤油なしで食べてました。

知らず知らずのうちにハードな「素材の味」教育を私が彼にしてしまっていたのか、それともDNAレベルで我が家は「素材の味」を推す系なのか。

もう少し様子をみてみます。

久しぶりの更新でした。
あいかわらずデイリーポータルZ編集部におります。
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2017/01/29

ガムテープ

いわゆる財布というのを使うのをやめた。

交通系ICカード(私はPASMO)と、まいばすけっと愛用者なのでWAONをオートチャージにしたのがでかい。あとはクレジットカードがあれば現金は駅前の駐輪場の清算に毎日100円使うだけになった。

まわりに聞くとどうも外食をよくすると現金でしか清算できない場合に遭遇しがちなようだが外食をほとんどしないのでその心配もないのだった。

とはいえ、各種カードはそれなりの量を持つ。そのため通称「ふくろ」を日ごろ持ち歩くようになった。カードのほか現金は駐輪場のための小銭のみをこのふくろに数百円入れている(お札は一応ジップロックに入れてカバンの奥底にしまっている)。

001
ふくろ

さて、このふくろには当然PASMOも入ってるわけだ。

PASMOは改札で反応するようにいつも重ねたカードの一番外側にくるようにしてある。が、このふくろが両面同じ柄なので、どちらの側をかざすと反応するのかがいつもいちかばちなのだ。

ある日また自動改札でふくろをかざしてつっかかった。慌ててふくろを逆面にしてかざして通り抜ける。

同行していた友人に私はふくろ事情を話した。両面が違う色のふくろを買えばいいと思うんだけどと私は言った、実際このところずっとそのような都合のよいふくろを捜し求めていたのだ。しかし友人が言ったのだ、言ったのだよ。

「そうだねえ、それか、PASMO側にガムテープはっとくか」

あっ!

と思った。

それだ!

その発想がまるでなかったことがくやしくて、それに友人もちょっと冗談のように言っていたこともありその場は「あはは」と笑って流した。家に帰ってすぐにガムテープをはった。

002

以来、一切改札でいちかばちかをやることがなくなった。ガムテープがはってある方をかざせばよい。快適である。

ちなみにその友人は私のふくろを見て、「つまりそれが『財布』ってことなんじゃないの」と言ってきたので「バカヤロウ!」と一喝しておいた。

私は財布をやめたのだ。そうしてふくろを使っているのである。ロマンを侵すな。

濁音と半濁音、どちらも入っている言葉をさがそう。

娘が↑のような設問に幼児向けの学習ドリルでふれたらしい。

「『゛』と、『゜』どっちもつく言葉なんかない?」

0.2秒で息子が答えた。

「ガムテープ」

今年はもう少し更新したいなと思うのですがどうだろう!

デイリーポータルZでは最近アドバルーンを飛ばす記事を書きました。
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2016/08/01

落巣ヒナがいた

サッカーの試合から帰ってきた息子を駅まで迎えにいって、帰ってくるとちゅう、家のちかくの路上に息子が落巣してしまったらしいスズメのヒナを見つけた。

落巣ヒナ、私は初めてでどうしたらいいかぜんぜんわからない。両手をべったり広げていて折れてしまっているようにも見える。

近くに動物病院があるが土曜の夕方で開院時間外だろう、ネットで助ける方法を調べるもあわててしまってどうしたらいいかの情報にたどりつけない。

夫が子どものころから生き物の好きな人なので電話するもつながらない。

つながらないねえなどと話していると、大きな柴犬を散歩させている黄色いシャツをきた70歳くらいのおじいさんがきて止まった。でかい声なのだがよぼよぼとしたしゃべり方でなにを言っているのかよくわからない。

・おれは巣からおちた鳥はよく助けているんだ
・拾ってそのあたりの生垣の下にいれろ
・元気になったら飛んでいくから
・あとはその辺に動物病院があるからつれていってもいいだろう

のようなことをおっしゃっているようで、しかしどうでもいいのだがかわいい犬がこわい。犬はなぜか頭の上にご飯粒をひとつぶ乗せていてかわいいのだがヒナを凝視しているこわい。

わかりましたここは私たちでなんとかしますからかわいいワンちゃんを離していただけないでしょうかとお願いするも、おじいさんは手綱があるんだから大丈夫だと離れてくれない。とにかくつかまえろよといよいよどなるので、私もどうしたらいいかわからず私よりも運動神経のいい息子につかまえてみてといった。

息子が戸惑いながら確保しようとすると、ヒナはすばやく歩いて移動した。骨折れてなかった、歩けるんだ、このタイミングで夫からコールバック、もはやそんな場合ではないのだがすがる思いがあったのか電話をとってしまった。ヒナは息子から逃げて移動していく、とにかく犬をどこかへやってほしい。

電話を耳にあてたまま私は叫んだ「犬を(遠くに)はなしてください!」だけはいえたと思う。あとは「ぎゃあ」「ぎゃあぎゃあ」叫んだ。

電話口の夫がどうしたんだよと笑って、犬がヒナを食べた。

おじいさんはたしか「こら!○○!」と犬の名を呼んでしかったと思う。そして犬が吐き出したヒナを、おい、拾えよと息子に。
息子はヒナを拾った。生垣にいれろとおじいさんにいわれ、近くの生垣に入れた。
私はそれを少し離れてみていた。

おじいさんは、ぎゃあぎゃあさわぐんじゃないよヒナなんてあっちこっちに落ちているんだから、というようなことを(やはり何を言っているのかよくわからないのだが)私にいった。

とにかくおじいさんから離れたくて、息子の肩をだいてすぐそばの家に帰ろうとすると、おじいさんがついてきた。表札を見て、ふーん、こがさんねと言う。ちょっと照れているようにも見えた。

息子と玄関で両手をつないでヒナどうだったというと「ヒクヒクしてた」という。2人で少し泣いて、やっぱりまだ生きてるんだからなんとかしないとと玄関を出ると生垣にヒナはもういなかった(猫に食べられてしまったか)。

とにかくまずはヒナにごめんという、私の機転がきかなかったのと知識がなかったのはすごく反省する。けれどこれ多分かかわった人は誰も悪くなくて息子や犬はもちろん悪くない、おじいさんもなんとかしようとしたのだし、悪いかどうかといえば悪くなかったと思う。

しかしヒナは死んでしまった、このはなしを後日友人にしたら「全員悪い」といっていて、ああそうかと思った。全員悪くて全員悪くない話なのかもしれない。

それで、息子に夏休みの自由研究は、もしこんど落巣ヒナを見つけたらどうすれば最善なのかを調べたらどうかと提案したが「おれは台風について調べたいから」ということだった。

そんなら私が研究しとこと思っていまいろいろ調べてます。

久しぶりの更新になりましたが元気にしてます。
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あとはYouTubeLiveで夜に家からぼんやりした雑談の配信などしたいなと思っています。

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2015/05/06

なぞのゴールデンウィーク

毎年GWになると名古屋の義祖母の家から車であるところへ行く。

多治見を超えるのでどうも岐阜らしいのだが到着してみるとまったくどこかわからない。

義祖母や義母が呼ぶ地名であとで検索するが地名としてひっかかってもこない。

そこには義祖母の義妹とその子たち(とその嫁、婿)、孫たち(とその嫁、婿)、ひ孫たちととにかく大勢いる。

ここがどこかわからなければ、だれがだれだかもわからない。しかしそんな状態の私にもみなさんとても良くしてくださりビールや飛騨牛などごちそうをふるまってくださる。

あたりは山々に囲まれ田んぼが広がり、義祖母が山へ分け入りオオバなどを採取してきたなと思えば、息子と娘はもはや血縁上はなんと呼べばいいかわからないおじさんと一緒に急な丘へ登りタケノコを掘りシイタケを採ってくる景色。

だが、実は始終車のレース音がすごいのだ。

山の向こうにサーキット場があるらしい。

帰りがけに途中で2か所墓参りをするのも決まりになっており、総じて夢っぽい。

あれはなんだったんだろうとGWを過ぎるといつも思う。今年こそはとよくよく思い出して書いてみたが、あのわからなさこそが「親戚の家」いうもののグルーブなのではとも思う。

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ほぼ1年ぶりの更新となってしまいました。

もう5月ですが2015年、今年もよろしくお願いします。

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2014/04/21

下着という概念がなかった

子供のころパンツ以外の下着の存在を一切知らなかった。

中学生のときにブラジャーを着けはじめたあとも服の下に着るあの服の形をしている白いやつを着たことはほとんどない。

下着という概念がなかったのだ。

今回語りたい「下着」とは、服の下に1枚着る伸縮性のよい白いランニングであったり薄手のTシャツであったりというあの「下着」である。

もちろん店に行けば売っているものを見かけたことはある。しかし子供のころに素地が養われないと、人はその存在をなき物として処理するのかもしれない。とにかく私の人生に服の下に着る袖のついた下着というものは存在しなかった。

25歳をすぎて、服の下にも服を着ないと(透けたりして)恥ずかしいことに気づいた。それから黒いキャミソールを便利に着るようになってそれが私にとっては「下着」ということになっている。

それでもなお「下着」という概念はまだ私のなかで希薄であった。というのも、自分の子供に下着を着せるということをついぞ思いつかなかったのだ。

去年の夏、ハッとした瞬間があった。「あっ! うちの子、下着着てない!」と気づいた。

同時に下着というものの存在を強く意識するようになった。

エウレカ!

である。声に出してそう叫んでもおかしくないくらいの衝撃であった。

それまでにも、赤ん坊が生まれたばかりのころは「肌着」というものとふれあう機会があった。着物のように前を紐で結ぶタイプのものだ。その後もやけに安い3枚セットのTシャツがあったので買ったことがあったがあれこそが下着だったのか。

保育園で着替えとしてその安いTシャツを着替え入れのかごに入れておいたところ、保育園の先生から連絡帳に「下着しか着替えがなかったので、下着を2枚重ねて着せています」とあったのは、そういうことだったのだ!

その保育園の先生からは「そろそろ長そでの下に着せたいので下着を持ってきてください」ともいわれ、そのときはなにをおっしゃっているのか理解できず「?」と思って「普通のTシャツじゃだめですか?」と聞いたのを思い出した。

先生はそれでも結構ですよといってくださり、以降子供が長そでのTシャツの下や半そでのTシャツの下にもう1枚Tシャツを着ていることがあったが、あそこに本来は下着を着せるべきだったのだ。

下着について幼少期からしっかりとした習慣を持っている方には「何をいってんだ」という思いかもしれないが、当時の私は本当に「そろそろ長そでの下に着せたいので下着を持ってきてください」といわれてポカーンとした。

先生がおっしゃっている意味が、日本語としてはわかるのだが、言葉の概念を伴う意味としてとらえられなかったのだ。

逆に息子の運動会に「白いTシャツを着せてください」とあったので家にあったTシャツを着せたがなんか変だぞと思っていたがあれは「Tシャツ」ではなくどこからか我が家に舞い込んだ「下着」だったことにもそのとき気がついた。

気づいたのは昨年の夏と書いたが、その時点で下の娘が3歳、上の息子は6歳である。
子育てをして6年間を経て、私はようやく下着という概念を理解するに至った。
さすがに「何か変だぞ」の積み重ねがあったのだろう。

これまでもパジャマの下には無地のシャツを着せたりなどはしていた。下着という概念はなくても「メインの服の下に何か薄手の動きやすいものを着せるとよいようだ」ということは学んでいたらしい。

いちいち自ら学ぶ取るのは面倒なのでやっぱり「常識」は得ていたほうがよいものよのうと心を落ち着けたものである。

ちなみに6歳の息子は今もパジャマの下に着る白いTシャツ(でもこれも下着として販売されたものではなく、プリントの入ったもの)以外に下着を持っていない。季節的に長そでTシャツの下に普通の半そでTシャツを着ており、季節が進むと長そでTシャツを脱いで半そでTシャツを着てすごす。

娘はどこからか頂いたのか下着らしきものが数枚あるのでうまいこと着せていきたいと思います。

書きながら、「あ、わたし新たに下着を買う意思はないんだな」ということに気づきました。やはり意識は希薄である。

あと似たようで違う話になるが、息子はよく長そでの上に半そでを着る着方をよくしていたのだがあるときから半そでは長そでの下に着るようになった。

なぜかと聞いたところ、友人に半そでの上に長そでを着るのは
「ズボンの上からパンツはいてるみたいじゃね?」
と言われたからだそうである。なるほど! と思ってしまった。

それから同じく息子の話だが、最近Tシャツのすそをズボンに入れる。
それってちまたじゃダサいといわれる着方だよ、というと
「すそが出てるとスカートみたいだから」
とのことである。その発想はなかった。

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5ヶ月ぶりの更新となってしまいました。
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2013/11/07

おとなは泣かない

大人は泣かないよなあ。

人間として大人と子どものどこが違うかというと「泣くか泣かないか」というのは結構大きいのではないか。

子どもは何歳くらいまで泣くのだろう。

書き言葉で「子ども泣くぞ」っていう表現があるけれどもとうちの下の娘(3歳)などはまさにそれでいう「子ども」の年代だ。

怖かったり嫌なことがあると声をあげ涙をぼろぼろこぼしてすぐに泣く。年齢的にも3歳はギリギリ泣きの時代なんじゃないかなと思う。

6歳の上の息子になるともうほとんど泣くことはないけれど、悔しいときや勘違いをされたときなどよく目に涙をためる。

小さな子どもと一緒にいて、大人の泣かなさ加減に感心するようになった。

何か辛いことがあって「うっ」と思う。しかし私は泣いてはいないのだ。
それにはっとするというか。

歳をとって涙もろくなって映画とか子どもの運動会だとかで泣くことが増える大人であるが、本当はそんな感動で涙を流している場合じゃないんじゃないか、もっと泣きたいこといっぱいあるだろう。

そりゃ「泣いて暮らす」という言葉どおり大変な事態に陥って泣いて泣いてということもあるけども、そうでもなければ泣かない。

子どもと比べたって仕方がないけど大人の泣かなさにはハッとなる。

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さて、しかしそんななかなか泣かない大人が「つい泣いちゃった」という話を聞くのが「泣き止まない赤ん坊」に対面した際ではないか。

赤ん坊には全く泣かない赤ん坊と、そこそこ泣く赤ん坊と、むちゃくちゃ泣く赤ん坊がいることは有名だと思うのだが、むちゃくちゃ泣く、選ばれし赤ん坊を持ったお母さんが泣き止まない子どもを前にどうしていいか分からず一緒に泣いてしまったという話をたまに聞くのだ。

私もその一人である。えっへん。

赤ん坊がまるで泣き止まない間、母親はこの問題がいつか終わるということになぜか気が付かない。どうもそういうものらしい。この問題が永遠に続くような気持ちにとらわれどうしていいか分からなくて、赤ん坊と一緒になってさめざめ泣いてしまうのだった。

このどうしていいか分からなくて泣きやまない子どもと一緒に泣くという体験は、その当時はつらさしかないけど、こうして書いてみるとなんだかすごく貴重な体験のように思うから子育てってなんかどうにもこうにもキラキラしたところに着地しやがってなーもーと思う! ちぇっ。

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2013/08/14

久しぶりに赤ちゃんがいない

こんにちは。またすっかり時間があいてしまいましたが元気にしております。

おおむね朝起きて、洗濯をして朝食とお弁当と夕食を作って会社に行って、仕事をして子どもたちを迎えに行ってご飯を食べてお風呂に入って子どもを寝かせてビールを飲んで寝てとすごしていました。

・下の子どもが3歳に
・2回繰り返した「赤ちゃん育て」が終了
・終わって改めて感じ入る「赤ちゃん」という存在の手がかりのなさとインパクト
・それに比べて「子ども」ならなんか知ってる気がする!
・核家族って思いでとしては物悲しいけど、意外に滑稽なだけかもな

ということを以下ぼやぼや書きました。

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8月10日に下の娘が3歳になった。

子育て人生はまだまだこれからではあるが、とりあえず我が家にはいわゆる「赤ちゃん」がいなくなったのかなと思う。

「子どもの成長はうれしいけどさみしい」とはよくいうけれど、私はせっかちでできるだけ早く先へ行きたいと思うたちなので清々している。

下の子が3歳になるということは、これは大きいぞと前々から思っていた。

我が家では2人いる子どもの年齢差が丸3歳で、つまり最初の赤ちゃんが3歳になった瞬間に次の赤ちゃんが生まれた。

この3年というのは、なにかちょっとした繰り返し感があったのだ。

一度終えたことを、もう一度行う3年間という意識がどこかにあった。

同じ0歳~3歳といえども上の息子と下の娘は性別だけでなく性格もずいぶん違う。私の育児スキルが格段に進歩したこともあって、単純な「繰り返し」ではない。

(ちなみに今はどうでもいいですが上も言った「育児スキル」というのは基本的には手の動かし方としてのスキルではなく考え方、おおむね納得やあきらめの技術だと思っている。私は上の子どもを産んだばかりに比べると格段に育児を諦められるようになったし、納得できるようになった。時がたてばだいたいの育児へのわだかまりはどうでもよくなるということも実感したのである。これは大進歩だった!!!)

それでもなお、私の頭にはどうも繰り返し感があったのだった。

なんだろうこの繰り返し感は。といって思うのはやはり「赤ちゃん」という生き物の特性なのではないか。

個人差はもちろんあるし個人差が実はとても大きいというのがミソでもあったりするのだが、赤ちゃんというのはある一つの過程にそって成長するのは確かである。

寝ていたのが、座って、立って、歩いて、それを追いながら、ああ、あれが終わった。これが終わったと2周目が着々と終了していく3年間だった。

私にとって赤ちゃんという存在は1人目も2人目もかなりのインパクトがあった。

私は5人きょうだいの長子で赤ちゃんという存在には慣れていたはずなのだが、おそらくこのインパクトは親としての当事者意識のインパクトだと思う。

そんな、存在するだけでびっくりする赤ちゃんが我が家からいなくなったのだ。

そして今、子どもがいて、夫がいて、私がいる。

「これは大きいぞ」と思ったのはこれだ。

子ども、夫、私。

この家族なら、私、知ってるじゃん。覚えてるじゃん。
私それ、やったことあるじゃん。30年くらい前に。

赤ちゃんとしての記憶はないが、子どもとしての記憶はある。

当然私の今の家族は、私が子どもとして所属していた実家の家族とはまったく違う。

違うけど、でも子どもが赤ちゃんというあのまるで手がかりのない全くのわからなさとは違う既視感があるのだ。

この間までは赤ちゃんを2回育てたその繰り返しであった。
今度は、もしかしたら子どもの気持ちをなぞる、私の人生との繰り返しがはじまるんじゃないか? どうなのかな?

それにつけても、さあ、家族だ。我が家は核家族で暮らしている。核家族! 特有の物悲しさと、もろさしかない核家族。さあさあ、きましたよ!

大丈夫かと肩をつかんでぐらぐら揺らしたくなるけども、まあ思い出というのはだいたいにおいて切ないもので、現実は意外にただ滑稽なだけで笑えるのだろうなと思って楽しみにしています。

いかんせん、ネクストステージ入ったぞという気分でおります。

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