お金をください
前回のこちらの日記で、ドンジャラの類似商品「ジャラポン」を妹の過失によりだめにしたところ、祖母が新たに新しい「ドンジャラ」を買ってくれたということを書いた。
それで思い出したのだが、当時、祖母は本当に豪儀だった。私が子どもの頃まさにバブル全盛という時代で、商売をやっていた祖母は相当にもうかっていたらしい。
祖母は私にもかなり贅沢をさせてくれたようだ。暖色系のボーダーのイブサンローランのシャツを着て幼稚園に行っていたことをおぼえているし、ぺらっとした小さな私のシャツのタグに8000円と書いてあるのを見て、こんな値段設定があるのかと子ども心にどきどきした。
買い物が好きで、特に人に物を買い与えるのが好きだった。とにかく、私や妹弟に常に何かを買ってくれようとしていた。今思えばそんな子ども本当にやだなと思うのだが、祖母のうちに遊びに行くと連れて行かれるのは日本橋の高島屋だったのだ。移動は全部タクシーだった。私は多分、一生分のタクシーを子ども時代に乗りつくしたと思う。
これも前回の日記に書いたとおりだが、ただし私はなんだか時代遅れで汚い子どもだった。サンローランの服を着て行ったのも、お嬢様園などでは決してない普通の普通の幼稚園だ(そもそもお嬢様園には制服があるか)。バランスがあからさまに変。せめて私が顔ぐらいは洗う子だったら! いや、だめだ、顔だけじゃだめだ。全身洗わないと(ちなみに全身ちゃんと洗うようになるまで、子ども時代から20年かかりました)。
今でもよく思い出すのは、祖母が発売されたばかりで手に入らない状態になっていたゲームボーイをほうぼうに電話してようやく1台デパートに予約してくれたときのことだ。特に私がリクエストしたわけではないのだが、とにかく大人気ということをニュースなどで聞いて手配してくれたのだろう。
勇んで私に電話をくれたのだが、なんとあろうことか私は「いらない」と言ったのだ。
というのも、母が祖母の贅沢をかなりきびしく規制していた。娘や息子を甘やかしてはいけないという気持ち、親になったいま私にも強烈にわかる。
聞き分けがいい私は(そういえば、生まれながらの性格なのか何なのか、私は本当に不器用に不必要に聞き分けがいい)祖母よりも母のいいつけをよく聞いて、祖母の贅沢には遠慮がちだった。母に対して、私はゲームボーイを欲しがらなかったことでかっこつけようと思ったのだ。
あのときの、祖母の落胆はすごかった。「よそんちの子にやっちゃうよ!」などと言ってしょんぼりしてちょっと怒っていた。結局、ゲームボーイは電話を代わった妹が買ってもらえることになったが、妹はまだ小さかったのでやはり祖母は私に買いたかったのだ。
そうして、ずいぶん時間をかけて母に遠慮しながら祖母に贅沢させてもらうというコツをつかんだころ、祖母は死んだ。
バブルもはじけて祖母自身もそんなにお金が使えなくなってきた頃だったらしい。「お金ないからどうせ生きてても生きてないみたいなもんだったんじゃないか」と母や叔母は言っている。
死ぬ前の冬にコートを買ってもらった。私が贅沢するようになって、祖母はすごく喜んでいた。「来年も買ってやるからな」といって笑って、私は贅沢な人がコートを毎年買うのを知った。
私は祖母が大好きだった。墓参りに行くと思うとちょっとわくわくするのだから、やっぱり相当好きだったんだろうと思う(というか、今も大好きだな)。
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しかし、毎年コートを買うとかもう本当無理だ。たまに、祖母のことを思って私は「お金をください」と祈る。祖母は私にとって、お金の神様みたいな感じになってる。
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子どもとの近頃
お風呂場でふと水を飲んでテンションが上がっていた。全身使って「おいしい! おいしい!」といっている。そういえば、子どもの頃風呂場で飲む水は確かにおいしかった。
それで、どれと思って飲んでみた。「おいしい?」と聞かれて「うん」と答えたが、正直普通の水道水だった。
子どもにだけ見える妖精みたいなもんなのかもしれない。風呂場の水。
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