2016/08/01

落巣ヒナがいた

サッカーの試合から帰ってきた息子を駅まで迎えにいって、帰ってくるとちゅう、家のちかくの路上に息子が落巣してしまったらしいスズメのヒナを見つけた。

落巣ヒナ、私は初めてでどうしたらいいかぜんぜんわからない。両手をべったり広げていて折れてしまっているようにも見える。

近くに動物病院があるが土曜の夕方で開院時間外だろう、ネットで助ける方法を調べるもあわててしまってどうしたらいいかの情報にたどりつけない。

夫が子どものころから生き物の好きな人なので電話するもつながらない。

つながらないねえなどと話していると、大きな柴犬を散歩させている黄色いシャツをきた70歳くらいのおじいさんがきて止まった。でかい声なのだがよぼよぼとしたしゃべり方でなにを言っているのかよくわからない。

・おれは巣からおちた鳥はよく助けているんだ
・拾ってそのあたりの生垣の下にいれろ
・元気になったら飛んでいくから
・あとはその辺に動物病院があるからつれていってもいいだろう

のようなことをおっしゃっているようで、しかしどうでもいいのだがかわいい犬がこわい。犬はなぜか頭の上にご飯粒をひとつぶ乗せていてかわいいのだがヒナを凝視しているこわい。

わかりましたここは私たちでなんとかしますからかわいいワンちゃんを離していただけないでしょうかとお願いするも、おじいさんは手綱があるんだから大丈夫だと離れてくれない。とにかくつかまえろよといよいよどなるので、私もどうしたらいいかわからず私よりも運動神経のいい息子につかまえてみてといった。

息子が戸惑いながら確保しようとすると、ヒナはすばやく歩いて移動した。骨折れてなかった、歩けるんだ、このタイミングで夫からコールバック、もはやそんな場合ではないのだがすがる思いがあったのか電話をとってしまった。ヒナは息子から逃げて移動していく、とにかく犬をどこかへやってほしい。

電話を耳にあてたまま私は叫んだ「犬を(遠くに)はなしてください!」だけはいえたと思う。あとは「ぎゃあ」「ぎゃあぎゃあ」叫んだ。

電話口の夫がどうしたんだよと笑って、犬がヒナを食べた。

おじいさんはたしか「こら!○○!」と犬の名を呼んでしかったと思う。そして犬が吐き出したヒナを、おい、拾えよと息子に。
息子はヒナを拾った。生垣にいれろとおじいさんにいわれ、近くの生垣に入れた。
私はそれを少し離れてみていた。

おじいさんは、ぎゃあぎゃあさわぐんじゃないよヒナなんてあっちこっちに落ちているんだから、というようなことを(やはり何を言っているのかよくわからないのだが)私にいった。

とにかくおじいさんから離れたくて、息子の肩をだいてすぐそばの家に帰ろうとすると、おじいさんがついてきた。表札を見て、ふーん、こがさんねと言う。ちょっと照れているようにも見えた。

息子と玄関で両手をつないでヒナどうだったというと「ヒクヒクしてた」という。2人で少し泣いて、やっぱりまだ生きてるんだからなんとかしないとと玄関を出ると生垣にヒナはもういなかった(猫に食べられてしまったか)。

とにかくまずはヒナにごめんという、私の機転がきかなかったのと知識がなかったのはすごく反省する。けれどこれ多分かかわった人は誰も悪くなくて息子や犬はもちろん悪くない、おじいさんもなんとかしようとしたのだし、悪いかどうかといえば悪くなかったと思う。

しかしヒナは死んでしまった、このはなしを後日友人にしたら「全員悪い」といっていて、ああそうかと思った。全員悪くて全員悪くない話なのかもしれない。

それで、息子に夏休みの自由研究は、もしこんど落巣ヒナを見つけたらどうすれば最善なのかを調べたらどうかと提案したが「おれは台風について調べたいから」ということだった。

そんなら私が研究しとこと思っていまいろいろ調べてます。

久しぶりの更新になりましたが元気にしてます。
デイリーポータルZでは最近は不定期に書いてます。
ツイッターはまめにツイートしています(@eatmorecakes)。
動画シリーズの「なんでもレンジでチンする会」に出ています。

あとはYouTubeLiveで夜に家からぼんやりした雑談の配信などしたいなと思っています。

|

2015/05/06

なぞのゴールデンウィーク

毎年GWになると名古屋の義祖母の家から車であるところへ行く。

多治見を超えるのでどうも岐阜らしいのだが到着してみるとまったくどこかわからない。

義祖母や義母が呼ぶ地名であとで検索するが地名としてひっかかってもこない。

そこには義祖母の義妹とその子たち(とその嫁、婿)、孫たち(とその嫁、婿)、ひ孫たちととにかく大勢いる。

ここがどこかわからなければ、だれがだれだかもわからない。しかしそんな状態の私にもみなさんとても良くしてくださりビールや飛騨牛などごちそうをふるまってくださる。

あたりは山々に囲まれ田んぼが広がり、義祖母が山へ分け入りオオバなどを採取してきたなと思えば、息子と娘はもはや血縁上はなんと呼べばいいかわからないおじさんと一緒に急な丘へ登りタケノコを掘りシイタケを採ってくる景色。

だが、実は始終車のレース音がすごいのだ。

山の向こうにサーキット場があるらしい。

帰りがけに途中で2か所墓参りをするのも決まりになっており、総じて夢っぽい。

あれはなんだったんだろうとGWを過ぎるといつも思う。今年こそはとよくよく思い出して書いてみたが、あのわからなさこそが「親戚の家」いうもののグルーブなのではとも思う。

*********

ほぼ1年ぶりの更新となってしまいました。

もう5月ですが2015年、今年もよろしくお願いします。

Twitterは結構書いています @eatmorecakes

デイリーポータルZでもぼちぼちと記事が掲載されているのと、編集部員としてラジオに出たりイベントにアテンドしたりしています。

|

2014/04/21

下着という概念がなかった

子供のころパンツ以外の下着の存在を一切知らなかった。

中学生のときにブラジャーを着けはじめたあとも服の下に着るあの服の形をしている白いやつを着たことはほとんどない。

下着という概念がなかったのだ。

今回語りたい「下着」とは、服の下に1枚着る伸縮性のよい白いランニングであったり薄手のTシャツであったりというあの「下着」である。

もちろん店に行けば売っているものを見かけたことはある。しかし子供のころに素地が養われないと、人はその存在をなき物として処理するのかもしれない。とにかく私の人生に服の下に着る袖のついた下着というものは存在しなかった。

25歳をすぎて、服の下にも服を着ないと(透けたりして)恥ずかしいことに気づいた。それから黒いキャミソールを便利に着るようになってそれが私にとっては「下着」ということになっている。

それでもなお「下着」という概念はまだ私のなかで希薄であった。というのも、自分の子供に下着を着せるということをついぞ思いつかなかったのだ。

去年の夏、ハッとした瞬間があった。「あっ! うちの子、下着着てない!」と気づいた。

同時に下着というものの存在を強く意識するようになった。

エウレカ!

である。声に出してそう叫んでもおかしくないくらいの衝撃であった。

それまでにも、赤ん坊が生まれたばかりのころは「肌着」というものとふれあう機会があった。着物のように前を紐で結ぶタイプのものだ。その後もやけに安い3枚セットのTシャツがあったので買ったことがあったがあれこそが下着だったのか。

保育園で着替えとしてその安いTシャツを着替え入れのかごに入れておいたところ、保育園の先生から連絡帳に「下着しか着替えがなかったので、下着を2枚重ねて着せています」とあったのは、そういうことだったのだ!

その保育園の先生からは「そろそろ長そでの下に着せたいので下着を持ってきてください」ともいわれ、そのときはなにをおっしゃっているのか理解できず「?」と思って「普通のTシャツじゃだめですか?」と聞いたのを思い出した。

先生はそれでも結構ですよといってくださり、以降子供が長そでのTシャツの下や半そでのTシャツの下にもう1枚Tシャツを着ていることがあったが、あそこに本来は下着を着せるべきだったのだ。

下着について幼少期からしっかりとした習慣を持っている方には「何をいってんだ」という思いかもしれないが、当時の私は本当に「そろそろ長そでの下に着せたいので下着を持ってきてください」といわれてポカーンとした。

先生がおっしゃっている意味が、日本語としてはわかるのだが、言葉の概念を伴う意味としてとらえられなかったのだ。

逆に息子の運動会に「白いTシャツを着せてください」とあったので家にあったTシャツを着せたがなんか変だぞと思っていたがあれは「Tシャツ」ではなくどこからか我が家に舞い込んだ「下着」だったことにもそのとき気がついた。

気づいたのは昨年の夏と書いたが、その時点で下の娘が3歳、上の息子は6歳である。
子育てをして6年間を経て、私はようやく下着という概念を理解するに至った。
さすがに「何か変だぞ」の積み重ねがあったのだろう。

これまでもパジャマの下には無地のシャツを着せたりなどはしていた。下着という概念はなくても「メインの服の下に何か薄手の動きやすいものを着せるとよいようだ」ということは学んでいたらしい。

いちいち自ら学ぶ取るのは面倒なのでやっぱり「常識」は得ていたほうがよいものよのうと心を落ち着けたものである。

ちなみに6歳の息子は今もパジャマの下に着る白いTシャツ(でもこれも下着として販売されたものではなく、プリントの入ったもの)以外に下着を持っていない。季節的に長そでTシャツの下に普通の半そでTシャツを着ており、季節が進むと長そでTシャツを脱いで半そでTシャツを着てすごす。

娘はどこからか頂いたのか下着らしきものが数枚あるのでうまいこと着せていきたいと思います。

書きながら、「あ、わたし新たに下着を買う意思はないんだな」ということに気づきました。やはり意識は希薄である。

あと似たようで違う話になるが、息子はよく長そでの上に半そでを着る着方をよくしていたのだがあるときから半そでは長そでの下に着るようになった。

なぜかと聞いたところ、友人に半そでの上に長そでを着るのは
「ズボンの上からパンツはいてるみたいじゃね?」
と言われたからだそうである。なるほど! と思ってしまった。

それから同じく息子の話だが、最近Tシャツのすそをズボンに入れる。
それってちまたじゃダサいといわれる着方だよ、というと
「すそが出てるとスカートみたいだから」
とのことである。その発想はなかった。

*********

5ヶ月ぶりの更新となってしまいました。
もう4月ですが2014年、今年もよろしくお願いします。

Twitterは結構書いています @eatmorecakes
デイリーポータルZは隔週木曜日に記事が掲載されているのと、編集部員としてラジオに出たりイベントにアテンドしたりしています。

|

2013/11/07

おとなは泣かない

大人は泣かないよなあ。

人間として大人と子どものどこが違うかというと「泣くか泣かないか」というのは結構大きいのではないか。

子どもは何歳くらいまで泣くのだろう。

書き言葉で「子ども泣くぞ」っていう表現があるけれどもとうちの下の娘(3歳)などはまさにそれでいう「子ども」の年代だ。

怖かったり嫌なことがあると声をあげ涙をぼろぼろこぼしてすぐに泣く。年齢的にも3歳はギリギリ泣きの時代なんじゃないかなと思う。

6歳の上の息子になるともうほとんど泣くことはないけれど、悔しいときや勘違いをされたときなどよく目に涙をためる。

小さな子どもと一緒にいて、大人の泣かなさ加減に感心するようになった。

何か辛いことがあって「うっ」と思う。しかし私は泣いてはいないのだ。
それにはっとするというか。

歳をとって涙もろくなって映画とか子どもの運動会だとかで泣くことが増える大人であるが、本当はそんな感動で涙を流している場合じゃないんじゃないか、もっと泣きたいこといっぱいあるだろう。

そりゃ「泣いて暮らす」という言葉どおり大変な事態に陥って泣いて泣いてということもあるけども、そうでもなければ泣かない。

子どもと比べたって仕方がないけど大人の泣かなさにはハッとなる。

-------

さて、しかしそんななかなか泣かない大人が「つい泣いちゃった」という話を聞くのが「泣き止まない赤ん坊」に対面した際ではないか。

赤ん坊には全く泣かない赤ん坊と、そこそこ泣く赤ん坊と、むちゃくちゃ泣く赤ん坊がいることは有名だと思うのだが、むちゃくちゃ泣く、選ばれし赤ん坊を持ったお母さんが泣き止まない子どもを前にどうしていいか分からず一緒に泣いてしまったという話をたまに聞くのだ。

私もその一人である。えっへん。

赤ん坊がまるで泣き止まない間、母親はこの問題がいつか終わるということになぜか気が付かない。どうもそういうものらしい。この問題が永遠に続くような気持ちにとらわれどうしていいか分からなくて、赤ん坊と一緒になってさめざめ泣いてしまうのだった。

このどうしていいか分からなくて泣きやまない子どもと一緒に泣くという体験は、その当時はつらさしかないけど、こうして書いてみるとなんだかすごく貴重な体験のように思うから子育てってなんかどうにもこうにもキラキラしたところに着地しやがってなーもーと思う! ちぇっ。

|

2013/08/14

久しぶりに赤ちゃんがいない

こんにちは。またすっかり時間があいてしまいましたが元気にしております。

おおむね朝起きて、洗濯をして朝食とお弁当と夕食を作って会社に行って、仕事をして子どもたちを迎えに行ってご飯を食べてお風呂に入って子どもを寝かせてビールを飲んで寝てとすごしていました。

・下の子どもが3歳に
・2回繰り返した「赤ちゃん育て」が終了
・終わって改めて感じ入る「赤ちゃん」という存在の手がかりのなさとインパクト
・それに比べて「子ども」ならなんか知ってる気がする!
・核家族って思いでとしては物悲しいけど、意外に滑稽なだけかもな

ということを以下ぼやぼや書きました。

----------

8月10日に下の娘が3歳になった。

子育て人生はまだまだこれからではあるが、とりあえず我が家にはいわゆる「赤ちゃん」がいなくなったのかなと思う。

「子どもの成長はうれしいけどさみしい」とはよくいうけれど、私はせっかちでできるだけ早く先へ行きたいと思うたちなので清々している。

下の子が3歳になるということは、これは大きいぞと前々から思っていた。

我が家では2人いる子どもの年齢差が丸3歳で、つまり最初の赤ちゃんが3歳になった瞬間に次の赤ちゃんが生まれた。

この3年というのは、なにかちょっとした繰り返し感があったのだ。

一度終えたことを、もう一度行う3年間という意識がどこかにあった。

同じ0歳~3歳といえども上の息子と下の娘は性別だけでなく性格もずいぶん違う。私の育児スキルが格段に進歩したこともあって、単純な「繰り返し」ではない。

(ちなみに今はどうでもいいですが上も言った「育児スキル」というのは基本的には手の動かし方としてのスキルではなく考え方、おおむね納得やあきらめの技術だと思っている。私は上の子どもを産んだばかりに比べると格段に育児を諦められるようになったし、納得できるようになった。時がたてばだいたいの育児へのわだかまりはどうでもよくなるということも実感したのである。これは大進歩だった!!!)

それでもなお、私の頭にはどうも繰り返し感があったのだった。

なんだろうこの繰り返し感は。といって思うのはやはり「赤ちゃん」という生き物の特性なのではないか。

個人差はもちろんあるし個人差が実はとても大きいというのがミソでもあったりするのだが、赤ちゃんというのはある一つの過程にそって成長するのは確かである。

寝ていたのが、座って、立って、歩いて、それを追いながら、ああ、あれが終わった。これが終わったと2周目が着々と終了していく3年間だった。

私にとって赤ちゃんという存在は1人目も2人目もかなりのインパクトがあった。

私は5人きょうだいの長子で赤ちゃんという存在には慣れていたはずなのだが、おそらくこのインパクトは親としての当事者意識のインパクトだと思う。

そんな、存在するだけでびっくりする赤ちゃんが我が家からいなくなったのだ。

そして今、子どもがいて、夫がいて、私がいる。

「これは大きいぞ」と思ったのはこれだ。

子ども、夫、私。

この家族なら、私、知ってるじゃん。覚えてるじゃん。
私それ、やったことあるじゃん。30年くらい前に。

赤ちゃんとしての記憶はないが、子どもとしての記憶はある。

当然私の今の家族は、私が子どもとして所属していた実家の家族とはまったく違う。

違うけど、でも子どもが赤ちゃんというあのまるで手がかりのない全くのわからなさとは違う既視感があるのだ。

この間までは赤ちゃんを2回育てたその繰り返しであった。
今度は、もしかしたら子どもの気持ちをなぞる、私の人生との繰り返しがはじまるんじゃないか? どうなのかな?

それにつけても、さあ、家族だ。我が家は核家族で暮らしている。核家族! 特有の物悲しさと、もろさしかない核家族。さあさあ、きましたよ!

大丈夫かと肩をつかんでぐらぐら揺らしたくなるけども、まあ思い出というのはだいたいにおいて切ないもので、現実は意外にただ滑稽なだけで笑えるのだろうなと思って楽しみにしています。

いかんせん、ネクストステージ入ったぞという気分でおります。

----------

デイリーポータルZは月に2本、今も書いております。
Twitterはぼちぼちツイートしています。 @eatmorecakes
どうぞよろしくお願いします!

|

2013/02/04

2歳が小さい

こんにちは。またまた大変ごぶさたをしてしまいました。
2013年もはじまってしばらく、こちらは元気にしています。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、2歳のしたの子どもが小さい。

うん。そりゃそうなのだが。

物理的に小さいのが改めておもしろいなと思っています。

2歳なのでサイズが小さいのは当たり前であり、普段世話をしているときには特別思うところはない。でも、頭ではやはり人間=大人サイズと意識しているのだろう、ごくたまにギャップを感じるのか「おっ、2歳、小さい」と思う瞬間があるのだ。

私が立っている、そのすぐ横を低い位置で小走りに通り過ぎる。台所の流しで手を洗おうとして椅子に乗って立つ。小さい。

良い小ささである。小さきものよ、と思う。

先日、休日に私が仕事で外出しており、父子でよそへ遊びにいってもらっていたとき。
仕事をおえて駅の改札で合流するとなって、娘が自動改札から飛び出してきたときも小さかった。

自動改札のパタパタ閉まるアレの高さに顔がある。
私たち大人はあれがばったーんってなるときぶつかるのは腿だが、2歳くらいの子どもは顔面なのだ。小さいなあ。

そんな娘が先日風邪をひいて熱を出した。
インフルエンザかと震えたがそうではなく、でもそこそこの期間熱は続いた。
食欲は落ちたもののまあまああったのだが、解熱後ずいぶんと顔がすっきりしてしまったのだ。
夫が体重を測ると13キロが11キロになっていた。

2キロ減でもすごいことだし、パーセンテージ的には15%減である! ちょっとまてそれって50kgだったら42.5kgになっちゃったくらいのインパクトじゃないの。
大丈夫なのか?! と改めて思うが、まるで大丈夫そうである。

小さきものすごい。

と、下の子は2歳なわけだが、上の子は5歳になって半年すぎた。

育児を初めて5年以上経って、育児という状況が完全に自分のものになった。日常だ。

いや、もう5年なのでいい加減日常ではあったのだが、いよいよ日常に、というのを最近感じる。

というのも、日々の流れる早さがまた一段と加速したのだ。

これが日常化かとはっとしたことがこのところ数度あった。
(ちなみにたぶん他のお母さん方に比べると相当に遅い日常化だろうなあ)
ものごと慣れてしまうと日々の進行は本当に早いのだ。やり過ごされる。

上の子どもが0歳でまだ育児に慣れないころの日の経つ遅さは今思い出してもちょっと普通じゃなかった。
まるで時間がすぎないあの感じ。新しい日常に時間が抵抗しているようなところがあった。

あまりにも時間があるのでいろいろと考えるところもあって、悩みも多かったけど考える時間があるからそこそこの解決もあった。

しかし今はとにかく時間が過ぎて行ってしまうので、ぜんぶがどんどんチャラになるのだ。

子どものちょっとしたことに「あれ、なんでこうなっているのだろう」と考える。
はっと糸口は見えるが、見えた糸口はじっと我慢して文章化するなりしばらく考えないと答えは出ない。

答えを出さないでそのままにしてしまうと、もろとも全部がそのまま終了してしまう、最近はその繰り返しになっているようだ。

問題が解決されずにそのままと書くと困ったことのようだが、特に困ってはおらず、おっ、これが人生というものなのか?! と身構えています。

ちなみに頭の中に占める育児の割合が若干減って余裕ができたのか、最近は海外ドラマを見てマンガ読んでBillboard TOP40をチェックする日々です。中学生だ。

|

2012/11/12

天狗はいないけれど天狗のお面はかけてある

5歳の息子はとんでもない怖がりで、なにかにおびえると泣いたり夜眠れなくなったりしてしまう。

よく子どもをたしなめるのに「そんな悪さすると鬼がくるよ!」といったりすると思うのだが、息子にそれをやると、言うことを聞く聞かない以前に鬼への畏怖で1ミリも動けなくなってしまうのだ。

しかし私もうっかりしたもので、先日話題の「絵本 地獄」の話から地獄の話を広げてしまった。

息子が「地獄ってどんな感じなのかな」と聞くので(いま思い出してみれば、そう聞く息子の顔は早くも恐怖でかげっていた)「針の山があって、登らないと鬼が怒るとか、そんなのは絵で見たことあるかな」なんていってしまったのだ。あー。

その場は「ふぅん……」くらいで流していた息子だが、その後どうも元気がない。

時間も過ぎて、じゃあ寝ようかとなったときになって急に泣き出してしまった。そこでようやく私も(しまった! 地獄と鬼がいかんかったか!)と気づいたのである。

「そんな悪さすると(何か怖いもの、たとえば)鬼がくるよ!」が効果的な子の場合、子どもの成長でその「鬼」を怖がらなくなってしまって効力がなくなってお母さんはがっかりしてしまうと、そういった話はよく聞く。

我が家の場合は、うっかり「鬼」などの存在をちらつかせてしまった場合、子どもの成長で鬼の効力が消えるのを待たずしてこちらで消してやらなければならない。

そうしないと恐怖で生活が立ち行かなくなってしまうのである。

だから息子には、こういうときは冷静に想像上の生き物と現実にいる生き物について教えることにしている。

鬼は想像上の生き物であって、現実にはいない。「鬼は想像すると、考えると頭に浮かぶけど、目の前にはいないよ」「地獄も頭の中にはあるけど、いまいるのは家だよね」

ここは地獄ではない、鬼、いない。天狗、いない。河童、いない。おばけ、いない。宇宙人、とりあえずいない。

しかし、いるのだ、泥棒は。

こういう話をしていると、今度息子は泥棒や火事といった、現実に起こりうる脅威について話を向けてくる。

なるほどそうきたか。と、今度は空想と現実について教えよう。

泥棒は現実にはいるけど、いまわたしたちの目の前にはいない。「メロンを食べることを考えても、目の前にメロンはないよね」先日はそういったらなんとなくそういったら納得したようだった。

そうして息子の怖がりと折り合いをつけていたのだが、先日、下の娘と2人で和食ファミレスに食事に行ったら飾りでかけてある立派な天狗のお面を見た娘が泣きに泣いて入店を拒否した。

おまえもかー。

そして現実には存在しなくても、鬼でも天狗でも造形として目の前に現れることはままあるよねと思った。でかい天狗のお面、怖いよね。

しかし和食ファミレスに天狗のお面とはノーマークだった。

久しぶりのブログですが、元気にしています。
息子は5歳に、娘は2歳になりました。

Twitterはわりあい投稿しています(@eatmorecakes)。

デイリーポータルZも隔週火曜日の16時に記事が掲載されています。

|

2012/08/06

子育てはつらいのと楽しいのどっちも、という、択一ではない状況に慣れてきた。あと子どもが描いたぱらぱらマンガ

ちかごろは会社へ行ってデイリーポータルZの仕事をしたり、家では家事はそこそこに子どもと一緒にだらだらすごしていました。

下の子どもがだいぶ大きくなってきて(もうすぐ2歳です)、なんだかようやく子育てがなんの含みもなく心から「つらいときがあっても楽しいものだな」と思えるようになってきたことに気づき驚くばかりです。

**

子育ての苦楽についてひとつ思うのは、自分の子育ては「楽しい」のか「つらい」のか、はっきりさせようとしがちなのではないか、ということだ。

子育てって当然楽しいばかりじゃないし、もちろんつらいばかりじゃない。楽しい、つらい、どっちもだ。

けれど、「楽しい」のか「つらい」のか、どちらかに分類しようとしてしまう。

子育てをめぐっては「楽しい」と「つらい」が情報として(すてきな子育て、ハッピーな子育てといった情報、虐待という実態などつらいに特化した情報)二極化しすやすい分野なんだろうなと思う。

だから親にとっても自分の子育てが「楽しい」のかもしくは「つらいのか」どちらなのか、と二者択一で迫られがちなのだろう(あくまでも自分のなかで)。

で、もし「つらい」と判定が出たら「楽しい」ものにしなければいけないと自分に自分で強迫するようなところがる。「私は子育てを楽しんでいます!」というのがひとつのプライドでもあったりする。

私は1人目の子どもが2歳くらいのとき「子育ては楽しくなくちゃいけない」と自分が思い込んでいることに気づいてアワワとなった。

そんなプライドいらんだろう。

子育ては楽しくなくたっていいのだ。つらくても、子どもが元気ならとりあえずそれでいいのだ。

もちろんつらいのは体もきついし心も悲しいので、できればなんとしたほうがいいけれど、とりあえず「つらくてもいい」と思うとだいぶ楽になるというテクニックはひとつあると思う。

上の子がいま5歳になったところですが、ようやく、子育てはつらいこともあるし楽しいこともある、どっちもあるんだ、という状況に慣れてきました。

つらくても、楽しくても、大きく慌てなくなりました。本当、ようやくだ。

**

上の子どもが4時に起きて虫取りに行った。帰ってきて、元気いっぱいなので夫がプールに連れて行った。
プールから帰ってきて突然「おかあさん、ぱらぱらまんが作ろうよ!」というのでじゃあ一緒にと思ったが、一人で勝手につくっている。

見ると、紙の表にも裏にも書いちゃったり、裏だけにしか書いていなかったり、ぱらぱら漫画になっていない。
でもなんか変でおかしかったので、ぱらぱらしない状態で紹介します。

**

001
あるいてあるいて

002
あるいていくと

003
こわいかいじゅうがいた

004
やっつけた

005
あるいてあるいて

006
トンネルにはいった

007
でたらかおがくろくなった

008
こんどはかおがおおきくなった

009
もとにもどったからまたあるく

010

|

2012/05/30

こどものちいさなぜつぼう

子どもたちの通っている保育園のクラス懇談会が年に2回、春と冬にある。

昨日は4歳の息子のクラスの会があったのだが、最後にあった園長先生のお話に、はっとして、ごくり、となった。

だいたいこんなかんじ。

「保育園でも年中さん(4月時点で4歳、来年の3月にかけて5歳になる子のクラス)になると、子どもたちは自分とお友達と比べるようになってきます。

今までは、みんな上手にできたねで終わっていたのが、そうでなくなってきます。

リレーだったり、縄跳びだったり、パズルだったり、文字だったり、自分とお友達の間で歴然とした差が出てきて、それが自分で分かるようになります。

できる子もいれば、できない子もいます。それでいいと思うのです。

ただ、子どもはそうじゃいられなくなってくるんです。

ああ、○○ちゃんはできるのに、私はできない、って思ってしまうんです。私はもうできないんだと決めてしまうんです。

できない、と思ったことはやるのが嫌になってしまいます。

特に夏のプールがそうですね。あの子は顔を水につけられるのに、もぐれるのに、け伸びができるのに、ぼくはわたしはできない。

そう思ってしまうと、お母さん今日はおなかが痛いよう、プールはお休みにしてってなっちゃうんですよね」

園長先生は、もしお子さんがそう思ってしまったようだったら、保育園側と保護者側で協力して解決していきましょう、といってくれたのだった。

なんだか、しみじみとその子どもの諦めてしまう気持ちに覚えがあってはっとなってごくりとなったのだ。

幼稚園のころ、クリスマス会で星の絵を切り抜いて毛糸を付け、手にぶらさげながら賛美歌を歌おう、というときの私の星の絵がいわゆる「星の絵」ではなかった。

Hoshi
左:みんなの星
右:わたしの星

本当にうっすらとだけど、そのときの小さな絶望を私は覚えている。

ああ、私の星はみんなのと違ってきれいじゃないな、と思った。

単純に星が描けないことに絶望したのではない、他の人の星が自分のものより整って美しかったのに絶望したのだ。

その後、絵を描くことが嫌いにならなかったのは、そのときの先生や親のフォローがよかったのだろうか。ありがとうございます。

大人になった今になってみれば、私の星も爆発力があっていいなとは思う。しかし絵は結局今も絵は下手なままですな。

さらに思ったことがある。

子どもの「できない」は子どもではなくむしろ親が過剰に落ち込んでしまうことが多いのではないか(どうやったらできるようになるだろうと頭を悩ませたり、それこそよその子どもと比べたりするのだ)。

親は子どもの問題をすぐに自分の問題にすりかえてしまうところがある。

園長先生の目線は保育者の目線で、だから問題を完全に「子どものもの」としてとらえていた。

親が自分の問題としてただ落ち込み壁にぶつかるのではなくて、あくまでも「できない」のは子どもの問題、子どもが「できない」と頭から思ってしまう問題をなんとかしてあげることを考えていた。

「ああ、○○ちゃんよりぼくはだめだやー」と思ったあと、「でも、もうちょっとやってみようかな」とか「だめでもいいや、別のことやろ」と思えるようにしてあげられるといいのかな。

どうすりゃいいんだろ。盛り上げればいいのか。

ちかごろの子どもたち

・娘(1歳)は好きなものから食べる。息子(4歳)は好きなものをあとに食べる。
 =先に好きなものを食べ終わった娘がせっかくとってある息子の好きな食べ物を奪う

・そんな娘、最近風呂場で息子の体を洗ってやっている。洗った後、「ふー、つかれたー」と泡のついたままの手で額をぬぐい、泡が目に入って「ギャー」ってなる。

|

2012/04/29

子どもとの会話2つ

娘とはじめて言葉でやり取りをした。

よわい雨が降っていたので、レインコートを着て保育園に子どもたちを迎えに行った。
保育士の先生から引渡しがあって、出入り口からよちよち出てきた娘がレインコートを着た私を見て言ったのだ「あめ」。

「うん、ちらちら降ってるよ」ととっさに答えたら、娘はうなずいた(娘は小さいころからうなずくという意思表示が得意だ)。

おっ、なんか今の「やり取り」だったな、と思った。

動物の名前をやたらに覚えるところから始まって、このところ娘もずいぶん話すようになった。

いわゆる二語文「ぞうさん、いっぱい」とか「にーに(お兄ちゃん)、いない」も出初めていたが、あまり言葉でやり取りをしているなあと実感したことはなかったのだった。

「ぞうさん、いっぱい」と言われたら「そうだね、ぞうさんいっぱいだね」という具合でこちらは繰り返すだけなので(「だけ」とはいえ嬉しいやりとりではあるのですが)、コミュニケーションというよりも娘の確認作業に立ち会っているという気持ちでいたのだ。

リクエストも身振り手振りではなくずいぶん言葉をつなげて言うようになったが「おかーさん! ねないー! おきてー! だっこー!」これも、やり取りというよりは、ああ、素直な希望を述べとるのう、くらいのものだった。

「あめ」「うん、ちらちら降ってるよ」(こくん)

語数は少なくても、娘とやりとりをしたとはっきり感じたのだ。

4歳の方の息子は言葉で会話するようになってもうずいぶんたつ。もちろん、息子にはまだまだ知らない口語のパターンも多い。

このあいだ家で息子がハンバーガー屋さんをはじめた。

「いらっしゃいませー」というので「こんにちはー、チーズバーガー1つください」と付き合う。にこにこ。

「100円です!」「おっ、安いですね、はい、100円」にこにこ。

「カードはおもちですか?」「はいはい、持ってますよ」しーん。

息子の顔が曇った。あれ、なんか変なこと言ったかなと思い言い直してみる。

「すみません、やっぱりカード、持っていませんでした。作ってくれますか?」しーん。息子の顔は晴れない。どころか、泣きそうになっている。

で、泣いた。

ええ?! だ。「カードはおもちですか?」って聞かれたから「持ってます」って(もしくは「持ってません」って)言っただけなのに。

聞いてみると、息子としては「カードはお持ちですか?」といわれたら「はい、ください」と言って欲しかったのだという。そういうシーンを実際にお店で見たそうだ。

うーむ。まだ泣く息子に、「カードはお持ちですか?」じゃなくて「カードをお持ちになりますか?」って言えば「はい、ください」って返事になるよ、ということを伝えた。

息子はぽかんとしていたが、そのうち別の遊びをはじめた。

2週間くらいして、また家で息子が今度はパン屋さんをはじめた。

「いらっしゃいませー」「こんにちはー、メロンパン3つください」にこにこ。

「100円です!」「おっ、安いですね、はい、100円」にこにこ。

ここで一瞬息子が真顔になった。短い間だったが、普段子どもの機微や感性などに一切鈍感な私も気づくほどの真顔だった。

「カードをお持ちになりますか?」にこにこ。

あっ!

「はい、ください!」にこにこ!

私の「はい、ください!」を聞いて息子は、はっと息をはいた。

レジからピッピッとキーを押してカードを出して(出すふりをして)渡してくれた。

「最初っからこういえばよかったのかー」といって、にこにこした。私はにこにこじゃ足りなくて少し声を出して笑ったよ。

|

«「○○ちゃんママ」のなぞについての見解